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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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昔ホームページに書いていたこと

「おろかな日々」的な書き込みもほどほどにしないと、せっかく見に来てくださっている方々に愛想を尽かされてしまうと思い、たまたま昔(2003年ころ)のホームページに書いていた文章を発掘したので、ここにアップしておきます。

現在の方法に至るまでの経緯」という題目です。神谷塾の指導は「フリータイム個別指導」でいこうと開業前から決めていましが、それをどういういきさつで思いついたか、そして「数理講座」と呼んでいる一斉指導はまたどうして始めることにしたのかを綴ったものです。

ちょうど今から6年前、開業に向けて慌ただしい日々を送っていたころのことを思い出しました。
(ではここから--)

◆以前に勤務していた塾で,私(神谷)はおもに中学生の国語・社会・理科の一斉指導を担当していました。毎週講義をして宿題を出すのですが,<成績は良いのになぜだか宿題はしてこない>という生徒が各学年に必ずいました。彼(彼女)は講義後に居残って解くことになるわけですが,実は彼らにとって最も勉強になっていた時間はこの居残りの時間だったようです。自力で解き,答の確認をし,(私は宿題が仕上がるまでその場にいるので)疑問が生じたら質問して解決する。彼らも早く帰りたいので,その集中力は大したものでした。また,講義中でも解けそうだと思えばどんどん自分で解き始める。その問題を解きたいという衝動を抑えるのは生徒にとってマイナスなのでしょうから,私からそれを制することはしませんでした。彼らの多くは高校進学後に得意科目を伸ばしていき,それぞれに充実した勉強ができているようです。

◆どの生徒にも「自力でやってみたい」という気持ちがあるはずで,それをうまく刺激してやればどんどん自分で進めてゆく。それならば講義は必要な部分に絞って,塾にいる時間にそれぞれがしたい勉強をすればいい。好きな時間に来て夜9時には家に帰る(子どもは夜は家にいるべきであります)。--こんな方法をとれば,その子ならではの学習方法が育つし,私も深夜まで働かずに済む(!)。もともと,教えながら「こんなことまで教えていては教えすぎだ」「自分で調べれば済むことではないか」と自問することは多かったのです。教師を数年やってみるうちに<自分好みの指導法>が見えてきていたのは幸いでした。

◆<教えすぎの弊害>。子どもは塾でなんでもかんでも教わるものだから,<教わって憶える>という方法に慣れてしまって自分で勉強できなくなる。「そこは自分でやっとけ」とか「調べときな」と言ってもできない。あるいは「それは夏休みに教えるから,しばらく“わからないで”いてごらん」というのにも堪えられない。高校生も大学生も,それが成長した(はずの)大人にもできないのかも知れない。中学生くらいのうちに勉強方法を身につけないからです。逆説的ですが,教える立場にある者には<なるべく手取り足取り教えない>という心がけが必要です。

◆「不惑の」40歳を迎えたころ,独立開業する店舗が決まりました。中学生中心,特定の中学にべったり張り付き,そこのスケジュールに合わせて指導するつもりでいましたが,その中学の学区ではかなり端っこのほうです。そこの生徒だけをターゲットにしていては経営できないかも知れません。逆に,周辺のいくつかの中学の生徒もがんばれば通える場所にあるとも言えます。地下鉄やバスターミナルも近い。そこで発想が変わったのです。初夏のある夜,突然着想が湧いてばちっと目が覚め,朝まで夢中でワープロに向かいました。自分だけのための計画書を書いたのです。(思えばこの時期は,前の職場の退職の準備も重なり,本当によく働いたものでした。)

①各中学のスケジュールをあまり気にしないことにして,個別指導にし,どこの中学からでも来たい子が地下鉄ででもバスででも来るようにすればいい。バス通学の高校生も多いので,乗り替えついでに塾にも寄っていけるようにすればいい。

②生徒それぞれに塾以外のスケジュールがあるだろうから,完全にフリータイムにして,それぞれ時間をやりくりして来るようにすればいい。行きたいとき,行けるときに気軽に行って質問できる塾。実は高校時代に数学で苦労していた私は,そういう場があればどんなにいいだろう…!と思っていたものです。それを自分の手でやることにする。

③折しも小中学校の学習指導要領が改定される時期であり,特に数学や理科の内容削減による学力の危機が騒がれていました。そうであれば,数学と理科を重点的に鍛える塾にしてはどうだろう。教師生活では<国語や社会の先生>としての時間のほうが長いのだけれど,もともと理科の免許があるわけだし,数学を教えるのは楽しい。高校生の数学の手助けができればもっといい。この塾の存在意義は高まるし,(大袈裟に言えば)時代の要請に合っている!のではないか。

④さらに「学校のおさらいやテスト勉強なんぞは自分でやりなさい,塾ではもっと豊かなことをする」というスタンスを持てれば,学校の進度やテスト範囲を気にすることもなくなるわけです。中学に密着していると,テストでそこそこの成績を取らせることはしやすい反面,どうしてもそこのスケジュールやテスト範囲に振り回されます。教師がどう教えているかということ(しばしば不毛)も絶えず気にせざるを得ません。そろそろそういうことから脱却したいと思っていました。指導要領などには構わずに,教えるべきことを教える。会社員をやめて教師になろうと思った当時の思いが蘇りました。

◆さて,2001年の8月に前の職場を退職,9月に教室を無料開放し,10月1日に正式に開業しました。個別指導を開始しましたが,中学生の理科などは「どうしても説明しておかなくては…」という部分があります。「本当はこういうことなのだが教科書はもちろん参考書にもどこにも書いてない」というところです。それを個別指導の中でやろうとしたらすごく大変でした。そういうシステムに決めたのは自分なのですが,生徒の通塾のしかたにはムラがあるのです。空いている日と込んでいる日とがあり,まずいことにたまたま込んでいる日にしか来ないような子もいる。また,学校ごとに進度がちがうので結局「今どこをやっているか」と始終確認することになっていました。また複数の生徒に同じような話をくり返すことになるため,話の緊張感が失せていきます。

◆そこで,まず中学生の理科と数学だけは一斉指導をすることにしました。「一斉指導から始めてあとから個別指導も(一斉指導のほうが人件費はかからないのですが,生徒が集まらないので)…」という順序の塾が多い中で,神谷塾では「個別で始めたのだけれど一斉指導がどうしても必要なので…」という順序になりました。ネーミングは思いつきで「数理講座」。まず数学+理科を縮めて「数理」ですが,教科の垣根を払って「数理的」思考の練習をしようという意味も兼ねさせました。せっかく同じ大脳で学んでいるのだから理科でも数学を使ってみない手はない。理科には比例や反比例の関係がよく出てきます。比例・反比例を意識していると,諸量の単位の成り立ちについてもよくわかるようになる。そして,数学を使ってみる機会を増やせば数学の理解はいっそう深まる(たとえば「比例定数とは具体的には何であるのか」というような)。こんな効果を狙っているのです。

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