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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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まとめの方法(4) 「書いたものを憶える」のか

(『神谷塾だより』の連載記事の転載です)

まとめをしようとするとき、たいていの場合、それは何かに書いてあることですね。それをなぜ自分でわざわざ書くのか?…と考えてみると、それは書き(描き)ながら考え、整理・記憶するために違いありません。書いてしまった後で「書いたものを憶える」という行為はひどく退屈なものだろうし、「憶えるのは後だ」と構えていると書いているときには身が入らない。おまけに「キチンと仕上げる」ことに気持ちの重心が移ってしまって、効果が上がらないわりに時間ばかりかかる。悪いことづくめである。

書く過程こそが勝負。極端なことを言えば、書いてしまったものに用はない。捨ててしまってもいいくらいである。したがって必要以上にキチンと書く必要はないことになる。また、書店で売っている『要点整理』みたいなものとか、誰かが(たとえば教師が)まとめたものには大した価値はないことがわかるだろう。「自分もそういうものを書いてみよう」という気にさせてくれるという一点を除いては。教師がいろいろなことを憶えているのは、授業の準備として、または生徒に配るために、まとめを自分の頭でしているからである。

書いているその時が最も勉強になっているという例には、いろいろ心当たりがありませんか。たとえば英語の単語帳。これこそは書いているそのときが重要で、書いてしまってからは全く役に立たないものの代表ではないだろうか。高校に入るとそんなものを作っているヒマはなく、辞書を引いたそのときにできるだけ憶えるようにせざるを得なくなる。神谷は英単語のほか歴史年号とか化学式をカードにしてみた経験もあるが、なんとなく「そういう勉強のしかたがあるらしい」ので試しにやってみた、という程度だった。できあがった“作品”が大いに役立ったという経験はないような気がする。

なお、もしも「書いたものを憶える」方式で効果が上がるとしたら、徹底的にやった場合に限るだろう。「気の向いたときだけぱらぱら眺める」のではだめだ。毎日何度も見て、網膜に焼き付けなくては意味がない。その目的に適うという点で、トイレの壁に勝る位置はないと思いますね。家の中で唯一「どうしても見てしまう場所」で、その効果は計り知れない。だまされたと思って、たとえば日本地図を貼ってみませんか。


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