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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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使えない英語学習法

英語の予習をしている高2の生徒が頭を抱えているので様子を見に行ったら、シュールレアリズムの画家 ルネ=マグリットの短い伝記の、次の“一文”の和訳を試みているところでした。

Magritte had his first one-man show (consisting of 61 works) in 1927, and the exhibition marked his emergence as a Surrealist, especially the "Lost Jockey", where a person on a horse is trying to escape from a mysterious place where interior and exterior are interwoven.

体裁は一つの文ですが、挿入があったり、関係副詞 where が2度も出てきたり(ひとつは継続用法)と面倒な構造になっています。これを無理やり日本語の一文に訳そうとして彼は苦しんでいたのでした。

英語は後から情報をどんどん付け足していくのに都合のいい言語ですし、英語を読んでいるのですから、前から順に情報を取りこんでいけばいいはずです。これを日本語にしながら読もうとするから余計な労力が要るわけですが、高校の授業では(その効果のほどは置くとして)日本語にするシキタリなので、意味のまとまりで区切って“対応する”日本語に置き換えていければいいのではと思います。生徒たちはよく単語の下に日本語を書き入れているでしょう。あんな感じです。

マグリットは最初の個展を持った 61の作品から成る 1927年に その展示会は印をつけた 彼の誕生を 超現実主義者としての とりわけ「ロスト=ジョッキー」が そこではひとりの人間が馬の上で 脱出しようとしている 不可解な場所から そこは内部と外部が入り組んでいる

日本語の体を成していないながらも、いちおう意味は取れました。さて、高校の授業ではここで止めるわけにはいかないようです。日本語らしくするのはそれなりの日本語力が要る作業で、自信はありませんが、ちょっとやってみましょう。

1927年、マグリットは61の作品から成る最初の個展を開いた。それは超現実主義者としてのマグリットの誕生を印すものであった。特筆すべきは「ロスト=ジョッキー」だ。世界の内部と外部が織物のように入り組んでいる不可解な場所から、ひとりの人間が馬で脱出しようとしている絵である。

英語と日本語はちがう言語なんだから、英語が一文だからといって日本語も一文でなくてはならない義理はないよね--と彼には説明し、納得してもらいました。

「一文で」という不合理な拘束条件を外したとしても、こなれた日本語にするには普通の高校生では難しいでしょうし、そもそも全文を日本語にする必要があるのかという疑問が湧きますね。とくに、最後の interwoven ( interwave の過去分詞 ) は「だまし絵」のように手前のものと奥のものの順序が狂ったように描かれているアレで、interwoven はその感じが出ている気がするものの、これと置き換えできる日本語はなさそうです。でも、たいていの高校では英文解釈の授業というと文法事項の説明と全文和訳をしていくのでしょう。

全文和訳ばかりでなく、いまや高校によってはノートの作り方まで細かく指示されます。見開きの左ページに本文を書き写し(コピーして貼ってもよい、というところもあります)、右ページには未知だった単語や熟語を調べて書き、和訳を書き、授業での板書事項を書き写す欄を設け…という具合です。私が中学生のころ学習雑誌に各教科のノートの取り方が解説されていたのを思い出します。それがなんと、最近は高校生にもその指導があるのです。

これを知ったときには少なからず驚きました。英語の実力がつけばいいのであって、予習をしようがしまいが、ノートを作ろうが作るまいが、かつてそれは生徒個人に任されていたはずです。高校の先生たちは、大学受験の準備のために、自分たちの管理の行き届く、かっちりした勉強をさせたいのでしょう。でも、それならもっと実戦的なやりようがあると思うのですが、これではぜんぜん実戦的ではないですね。日本語の力はつくかも知れませんが、英語を英語として読み込むスピードやそのスピードなりの精度というものが全く向上しない。また、「日本語に直しながらでないと英語が読めない」というのは全く実用的ではない。さらに、生徒は予習に追われるあまり、自信のない単語はかたっぱしから辞書を引く、という習慣を持ってしまいます。

まあ、ここで私がぐちゃぐちゃ言っても事態は変わらないでしょう。私は少し前から「SSS英語学習法」に興味をもち、塾で実行するための準備(方法の検討と蔵書)を進めています。それがなかなかはかどらないので、機会あるごとにこの学習法の紹介をしています。入門書としては、酒井邦秀氏の
  『どうして英語が使えない?--「学校英語」につける薬』
  『快読100万語!ペーパーバックへの道』(いずれもちくま学芸文庫)
がお勧めです。

テーマ: 英語・英会話学習 - ジャンル:学校・教育


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