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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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洋楽のすすめ(33) THE BEATLES:WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS

(2020年2月12日発行の『神谷塾だより』に掲載したものに加筆しました)



演奏の模様はたとえばこちらに。

本欄でのビートルズの7曲目。1967年のアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に収録されている。作詞・作曲はポール=マッカートニー&ジョン=レノン(主にポール)だが、リードヴォーカルはリンゴ=スターである。

リンゴは職人気質のドラマーで,他のメンバーほどヴォーカル指向ではない。それでもアルバム1枚につき1曲くらい、ジョンとポールがリンゴのために曲を書いた。代表的なのが今回の「ウィズ・ア…」だ。

最初の1行()だけ先に解説したい。< if …過去形… would +動詞の原形…>という形は仮定法過去という。(いくつかの用法のうち)ここでは「現在または未来についての仮定」を表すのだが、「そういうことはまずありえないが」という話し手の気持ちを含むことが多いのだ。つまり、「僕が調子を外して歌ったら」という文句には「調子を外したりは決してしないけどね」というニュアンスが含まれているわけである。さて、実はリンゴの歌がしばしば「調子っぱずれ」になるのは本人も他のメンバーもファンも承知だ。そのリンゴが歌の冒頭で堂々とこういうことを言うのだから楽しいではないか。

第3のフレーズ以下の( )の部分はリンゴ以外のメンバーが歌い、リンゴと問答する形になっている。やや調子っぱずれではあるものの、リンゴの素朴で穏やかな人柄が表れた心地よい歌である。

What would you think if I sang out of tune
Would you stand up and walk out on me
Lend me your ears and I'll sing you a song
And I'll try not to sing out of key

僕が調子を外して歌ったら 君はどう思うかな
立ち上がり 僕を見捨てて行ってしまうかい
少し耳を貸してくれたら 歌ってあげる
調子を外さないよう 努めるから

Oh, I get by with a little help from my friends
Mm, I get high with a little help from my friends
Mm, I'm gonna try with a little help from my friends

友達のちょっとした助けがあれば うまくやれる
友達のちょっとした助けがあれば 気分が高まる
友達のちょっとした助けがあれば やる気が出てくるんだ

What do I do when my love is away
(Does it worry you to be alone)
How do I feel by the end of the day
(Are you sad because you're on your own)

恋人がどこかへ行ってしまったら どうしよう
(独りぼっちになるのは心配かい?)
一日の終わりまで どんな気持ちでいるだろう
(独りでいるのは悲しいかい?)

(Do you need anybody)
I need somebody to love
(Could it be anybody)
I want somebody to love

(誰かが必要かい?)
そう 僕は恋人が欲しい
(それは誰でもいいの?)
愛せる誰かが欲しいんだ

(Would you believe in a love at first sight)
Yes, I'm certain that it happens all the time
(What do you see when you turn out the light)
I can't tell you, but I know it's mine

(一目惚れを信じますか?)
信じますとも そんなことしょっちゅうですよ
(灯りを消したとき君には何が見える?)
他人には言えないけど それはきっと僕の大切なものさ

try not to ~ で「~しないように努める」。 to ~ を否定するときは to の前に not を置く。
get by ( with … ) で「(…によって)どうにかうまく行く」。
I'm gonna ~ は I'm going to ~ の口語。学校の英語では遣わないこと。
it は後の to be alone を指す。 worry は他動詞で「…を心配させる」。
on one's own = alone 。「独りぼっちで」。
believe in … は、ここでは「…の存在を信じる」。
be certain that … は「…と確信している」。



週刊あれこれ(2020.2.3~2.9)

2月6日(木) 前日からドカ雪。今冬は雪が少ないと言われていたが,一日で一気に平年の積雪量を超えた。早朝から除雪に追われる。犬散歩は膝までの雪をラッセルしながら。

2月9日(日) 中3入試直前講習の第4回。
前日から今冬一番の冷え込み。朝方はマイナス20℃とかになっていたはずである。
採点をしていると,生徒各々がこの時期何を課題とするべきかが見えてくる。時間が足りないのが悔しいところだが,ぎりぎりまで頑張らせたい。公立高校入試まであと約3週間。

某日×3 2019年度の決算書を作成。帳簿は先週完成させた。国税庁のHPを利用すれば正味一晩でできるが,期限が迫っているわけでもなく,こんなことで疲れたくないので3日に分けて進める。

某日 上に続けて所得税の確定申告書を作成。これは一晩で済ませた。

某日 映画『前田建設ファンタジー営業部』を観る。「マジンガーZ」の格納庫を設計するというプロジェクトを,実在する中堅ゼネコンが2003年に実際に立ち上げた。もちろん脚色はされているが設計や積算の内容と数値はあくまで専門的かつリアル。だから非常に面白い。ダム建設やトンネル掘削の技術を存分に活かすのだが,機械部分など手に負えないところは他の会社に教えを請う。この酔狂なプロジェクトに賛同する会社がたった3社だが存在し,そこの技術者たちがまた当人たちよりも熱く技術を語るのが素晴らしい。技術者とはこういう人たちだったなあ…と,かつて土木建設の周辺(地質調査業)で働いていたことがある身としては泣けてくるところもあったのである。
なお,この映画の開始が遅かったので,この前に『ラストレター』の2回目を観た。




週刊あれこれ(2020.1.27~2.2)

2月1日・2日 中3入試直前講習の第3回。中3生最後の道コン。

某日×数回 中2以下の生徒のご父母と進学相談会。1月道コンの個人成績票と採点済み解答用紙,冬期講習の課題(ワーク)を一緒に見ながら,道コンでの戦いぶりや志望高校などについて,各家庭およそ1時間ずつ話す。後半は学年末テストの準備について。

某日 2019年度分の決算のために帳簿を仕上げる。これさえ済めば決算書は国税庁のHPでおよそ一晩で作ることができる。

某日 松岡亮二『教育格差-階層・地域・学歴』(ちくま新書2019)を読了。新書なのに本文だけで323ページもある大作。第5章までは就学前・小学校・中学校・高校それぞれの時期での格差の実態について,詳細なデータ分析の結果を踏まえて着々と述べられている。第6章から読み始めるのも良いかも知れない。
学力などを基準にして生徒を異なる教育プログラムに振り分けることをトラッキングという。日本の高校教育では高校間に大きな学力格差があるために「学校単位でのトラッキング」が行われている。この振り分けは入試という一見“公平”な制度によるものだが,社会経済的背景により就学前から生じている学力格差が義務教育段階で埋められないため,実は“公平”でもなんでもないことになっている。
私を含めて中学生相手の塾屋というものは高校受験指導を生業としており,学力格差をつけられてしまっている生徒の支援も仕事の一環としているわけだが,これとて「塾に通える」状況にある子に限定してのことである。きっと好ましくはないであろうトラッキングの制度をたぶん助長してしまっているのだろうな--と,ちょっと考え込んでしまった。お薦めです。

某日 映画『ペット・セメタリ-』を観る。久しぶりのホラー。S. キングの小説『ペット・セマタリー』が原作で,1989年の映画のリメイク。
(以下ネタバレを含みます)
ペット墓場の奥の特別なエリアに死んだペットを埋めると蘇る。事故で死んだ娘を失うのが堪えがたくて主人公は娘の遺体をそこに埋めるのだが,蘇った娘は生前とは全く別の殺人鬼になっている。それで母親が殺され,その母親も埋められて蘇り,次は主人公も殺されて埋められて蘇り,最後には幼い長男だけがまともなまま残された。この後どうなる?--というところで物語は終わる。
娘が蘇った後の展開が怖いはずなのだが,その娘が美少女なものだから殺人鬼になってもいまひとつ怖くない。いちばん怖いと思ったのは母親の回想シーンで彼女の姉が死ぬところ。ホラーを観るときは観るのをやめて逃げ出したくなるようなのを期待するのだが,おおむね余裕で観てしまっていた。いい歳になったせいで感受性が鈍ってきたのだろうなあ。