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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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週刊あれこれ(2019.6.17~6.23)

通勤路の中央分離帯に植わっているラベンダーが花盛りで美しい。

某日×2 中1生たちが中学入学後初めての定期試験を終えたので,成績が出たところでご父母と進学相談会。道コンの後の相談会と同じく,各ご家庭に約1時間ずつ。5教科の問題と答案を見せてもらい,誤答の分析をし,良かった点・反省点を抽出して今後に活かす。

某日 コメダ珈琲店二十四軒店へ。先日『水底の歌』をやっと読了したので,中断していた本を再開。白井聡『国体論』(集英社新書),アインシュタイン/内山龍雄訳・解説『相対性理論』(岩波文庫),榊原英資『君たちは何のために学ぶのか』(文春文庫)を並べて読む。

某日 小型の手提げを押入から引っ張り出して携行することにし,コンビニでレジ袋をもらうのをやめる。これまでもらったのは犬散歩のときのゴミ袋に重宝していたのだが,今後は安いPE袋を使えばいいだけのことである。

6月22日(土) 理科講座の第7回。中2「動物の分類」「生物の進化」と中3「酸とアルカリ」。中2分は昨年まで不足気味だった演習問題を補った。「動物の分類」では「軟体動物」,「生物の進化」では「脊椎動物の類縁関係」と「生きている化石」。

6月23日(日) 夕食当番。例によってカレーになりそうな案配だったが,TVCMで見て気になっていた「完熟トマトのハヤシライスソース」をスーパーの売り場で見つけてハヤシライスに変更。トマトの酸味が効いていて,初夏の日曜に相応しい爽やかなハヤシライス。お勧めです。



北海道公立高校入試が変わる

【北海道新聞2019年6月22日付の記事を参考にしています。道教委が21日に発表したとのことですが,24日朝の時点で道教委のHPにはまだ掲載されていません】

入試問題がらみのことだけ確認しておきたいと思います。

①変更は2022年度入試から。現在中1の生徒が最初の受験生です。
 現在中3と中2の生徒は現行の方式の入試を受けることになります。

②国・数・英の学校裁量問題を廃止して問題を一本化。
 全受験生が基礎的な問題から高難度の問題までを解くようになります。試験時間が長くなる(後述)ことも考慮すると,現在の共通問題に裁量問題の1問を付け足す(差し替えをせずに)ような感じでしょうか。
 裁量問題もまた1種類でした。トップ校から中堅校まで同じ問題ではやはり選抜に使いにくい。トップ校に“配慮”すれば中堅校では誰も解かない(解けない)問題になり,中堅校に“配慮”すればトップ校で満点続出となるからです。いっそ一本化して問題の<難度の幅>を大きくするのは良いことだと思います。
 なお,21年度からの新しい学習指導要領が「思考力・判断力・表現力」を重視しているための変更ということですが,入試というのは本来そういうものですし,「思考力・判断力・表現力」重視はこれまでもやってきていることです。採点のことを考えるといきなり超新傾向の問題が出ることはないでしょう(そう願いたい)。

③1教科の満点を現行の60点から100点に,試験時間を従来の45分から50分に。
 問題の一本化よりもこちらのほうが影響が大きいように思います。小問の数が増えますし,配点が小刻みになって,差がつきやすくなるでしょう。問題の形式(大問の構成)も当然変わると予想されます。

道コンはどうなるでしょうか。道コン事務局で目下検討の真っ最中のはずですので,変更は発表を待つことにしましょう。当たり前のように言えることだけ書いておきます。

a) 中3と中2は現行のままです。入試がそうなんですからね。中3は今年度の第6回まで例年どおり。中2も来年度(中3)の第6回まで例年どおりです。

b) 中1は「いつ各100点満点に切り替えるか」ですが,今年の8月分では急すぎて無理です。早くても今年度の1月でしょうが,既に作問も始まっていると思うのでこれも難しいでしょう。切りよく中2の4月か,でなければ8月からではないでしょうか(いっそのこと中3の4月からでも遅くはありません)。また,試験時間が入試と同じになるのは現在も中3の4月からで,中2までは各教科5分短い40分でやっています。現在の中2が受験を終えるまでは満点も時間もいじらず,現在の中1が中3になった4月から気分も新たに「各100点満点・50分」(中2・中1は「各100点満点・45分」)でいいように思います。



東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展

東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」を道立近代美術館で見てきました。東山魁夷展は以前にも見たことがあったので,「やってるなら見ておくか」という軽い気持ちで出かけたのですが,それはそれは期待を遙かに上回る圧倒的な偉業。順路に従って見るにつれ絵の凄さへの理解が深まり,最後まで見てから初めに戻ってもう一度見ました。

「御影堂」は史料などでよく写真を見る「金堂」とは別の,「鑑真和上坐像」が安置されている建物です。東山はここの5室68面の襖と床の間面などに全長80 mを超える超大作を,1971年から1981年まで,日本や中国へのたびたびの取材を含め,足かけ11年かけて制作しました。視力を失った鑑真が見ることのなかった日本の風景と帰ることのなかった故郷・揚州やなど中国の風景を捧げることで,「鑑真の魂の安寧を祈る」ものとなっています。

70枚もあるし,襖絵なのだから,襖を並べてエイヤッと描いていったのかな?…などと浅はかなことを考えていたものですが,見当違いも甚だしいのでした。

まず,日本と中国の各地を取材旅行しています。大画伯のことですから山とか海とかであれば脳内に湧いたイメージをどんどん描いていってしまえそうに思えますが,脳内イメージには限界があるということなのか,現実の自然が想像を凌駕するということなのか,「これは」という絶景を探して実に日本中の山・海を歩き回り,中国へも3度出かけています。それ自体立派な1枚の作品であるスケッチが100点以上も生まれています。

そして,驚くべきはその計画的で緻密な仕事。下図があったことだけで私は驚いていたのですが,下図が何種類もあるのです。

①小下図 襖の配列を考慮しながら構図をまとめるもの。20分の1。
②中下図 絵の要素となる形を輪郭でとらえるもの。5分の1。
③割出図 下図を引き伸ばして再現する際の補助とするもの。ここに座標を取るための精密な線が無数に引かれています。5分の1。
④大下図 ③をもとに原寸大にしたもの。

これでようやく本制作に移るのですが,同時に

⑤試作 本制作と同じ材料で描くことによって手順や表現方法を確認するもの。5分の1。

まで描かれています。(この部分の記述には図録の解説を参考にしました)

いやはや,絵画の技術とか才能はもちろんですが,頭脳明晰で真面目で職人気質で根気があって体力もあって…と何拍子も揃っていなければとても成し得ない仕事です。東山の生涯を代表する作品群であるといわれるのも頷けるのでした。

展覧会は7月28日まで開催(月曜定休)。鑑真については井上靖の小説『天平の甍』(新潮文庫)をお勧めします。



「ミュージック」と言わないで

英単語の発音についてです。…と言うと,日本人なら思い浮かべるのは「 r と l の区別」とかなんとかでしょうが,そんな“高級な”ことではありません。

music see sit student tea

と並べると,たぶん小学校で習得するはずの単語ばかりですが,これらを発音できない中学生が,おそらく少なからずいる。「発音でき」るというのは英語母語話者(ネイティヴ=スピーカー)みたいに,などということでは全然なく,正解共通・実用レベルの「ああ,それはこの単語だな」とわかるレベル。カタカナで表現できるレベルと言ってもいいでしょう。

上の5つは順に,カタカナレベルでは

ミューズィック スィー スィッ(ト) ステューデン(ト) ティー

でいいはずですが,これが中学生たちはできないのです。発音の問題で誤りがあると,確認のために「ちょっと聞かせてくれ」とその子に発音してもらうことがあるのですが,しばしば

ミュージック シー シット スチューデント チー

とやる。

「チー」って,明治の人か!…とツッコミを入れたくなります。「ミュージック」「スチューデント」と言う子はすごく多いですね。この2つは日本語化してから長く,文字が氾濫しているうえ大人がそう発音するので,子供らの耳がそれに慣れてしまっているのかも知れません。そして--「シット」(shit)はうんちのことですから,それは絶対マズイぞ,と忘れずに釘を刺すようにしています。

「ズィ」「スィ」とか「ティ」「テュ」が難しいような(「ミュ」は平気らしい)ので,一緒に声を出して練習させたりもしますが,なかなか改善されません。お前は平成の人だろ。昭和の人(私のこと)だってカタカナレベルでならちゃんと言えるぞ,とまたしてもツッコミを入れたくなります。このレベルの発音を中学生のうちに習得しないと高校以降も変わらず,そのまま大人になってしまって仕事で困る,ということになりそうですし,現に困っている大人も大勢いそうです。

逆を言えば,英語のスピーキングというものは実はカタカナレベルができていればほぼOKなのでは?と私はよく思います。まず脳内で作文できることが最も重要で,あとは「ズィ」「スィ」とか「ティ」「テュ」がそれらしく言えて,さらにアクセントの位置を間違えないこと。たぶんこれで世界中の英語話者とそこそこコミュニケーションできます。



週刊あれこれ(2019.6.10~6.16)

某日 高校世界史のメンテナンス。この日は「宗教改革」。中学歴史でも触れるところなので細部まできちんと押さえておきたい。

某日 養老孟司『バカの壁』(新潮新書,2003)を再読。「個性」についての論考をなぞってみたかったためである。

某日 梅原猛『水底の歌』(集英社,1973)をやっと読了。「飛鳥時代の歌聖・柿本人麿は女帝・持統天皇によって流罪に処せられ刑死したとして,柿本人麿の和歌を,恋歌や挽歌を中心に悲劇的に見直す新しい解釈を示した」(Wikipediaより)。中学国語では「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」が馴染み深いが,もっと知っておくべき歌が多々ある。生前は大詩人であったこと,死後は神に等しい扱いであったことを知り,歌聖と呼ばれる理由もよく飲み込めたものである。いつか再読しよう。

某日 朝野球の練習。全員サードに並んで炎のノックを受けているとき,グローブ(左手)だけ出せばいいものを,悪い癖でつい添えた右手の親指にボールが当たった。幸い突き指で済んだが,右手が使えないのでその後はほとんど球拾いをしていた。帰宅後湿布をするも痛みはなかなか引かず,キーボードは打てるがペンを持つには不自由があり,それでずっとパソコン仕事をしていた。2日ほどで普通に字が書けるようになった。

6月11日(水) 道コン事務局のセミナーへ。2019年度の北海道公立高校入試についての興味深いデータをいろいろもらってきた。

6月15日(土) 中高生の定期テストがほぼ終了。いつもは15時から個別指導をしているが,この日は生徒が来そうにないうえ理科講座も休講にしてあるので,思い立って休業にして溜まっていた事務仕事を片付ける。夜は妻と自宅そばの創作料理屋に出かけ,試験対策の打ち上げを兼ねた呑み会。




テストが返ってきたら

(2019年6月14日発行の『神谷塾だより』に掲載したものです)

テストの答案が返ってきたら、不正解だったものをしっかり分析して今後に活かそう。

「不正解」と一口に言っても原因はさまざまだ。
①そこを勉強していなかった
②苦手なところだった
③問題をよく読まなかった
④計算をミスった
⑤うっかり間違えた(いつもの自分ならできていた、のか?)

①と②は心配しなくていいだろう。「締切に間に合わなかった」のであって「知性が足りていない」わけではないからだ。この先も実力テストとか入試があるから、遅ればせながらしっかり勉強しておこう。

問題は④と⑤だ。もしかしたら、これまでもしょっちゅう同じことを繰り返してきてはいないか?数学なら符号のミスとか、英語なら三単現のsとか複数形のs、時制の誤り、コンマ・ピリオド・クエスチョンマークの漏れ、などなど。「またやっちまった」ではダメなのだ。自分の間違いのクセを知って、自分を教育しなくてはね。

「何が良くなかったのかわからない」というものがある人は、その部分をわかり損なっている可能性がある。すぐに相談しなさい。

振り返れば勉強方法にも、反省すべき点と良かった点があるだろう。良かった点はよく憶えておいて、引き続き実行したまえ。たとえば「朝早く起きて数学をやったら冴えていた」とか「寝る前に英単語を練習したらよく憶えられた」という人は、習慣にするといいのだ。継続は力なり。きっと将来につながる。

反省を促したい点をひとつ書いておく。中学生諸君で、塾のワークの復習(青マルの解き直し)をした人はどのくらいいるだろうか。土日も含めて君らの試験勉強にずっと付き合ってきた感触では、試験範囲を解ききるのが精一杯か、それすらも達成できなかった人がいるだろう。塾のものに限らず,どんな教材にも言えることだが、解きっぱなしでは効果はあまり期待できない。試験範囲を解き終え、復習を始めてからが勉強の本番なのだ。

今回の試験で、十分に準備できず結果も今ひとつだったという人は、その理由に心当たりがあるはずだ。今回の自分の勉強ぶりをよく分析して、次のテストで大躍進することを期待したい。



それは英語の問題ではなくて

中学生の英語を見ていると,ただの間違いでは済まない間違いに考え込むことがあります。それは英語がまずいのではなくて,英語とか日本語に限らない根本的なところに問題があると思える。それを書いてみます。

最近経験したもの(昔からよくある)では,こんなのがありました。人称代名詞の目的格(中1)の理解を問うものです。

まず,特に難しくもなんともない問題から。

(1) 回答文の空欄を埋めよ。

Does Ken know her?
  -No. He doesn't know    well. ①
Does Ken know Jane?
  -No. He doesn't know    well. ②
Does Ken know them?
  -No. He doesn't know    well. ③
Does Ken know Jane and her mother?
  -No. He doesn't know    well. ④


正解は

① He doesn't know her well.
② He doesn't know her well.
③ He doesn't know them well.
④ He doesn't know them well.


です。人称代名詞の格変化を憶えてさえいれば,これを難しがる子はあまりいません。話題になっている彼女(ジェーン)や彼女ら(ジェーンとその母)は会話に参加していない。つまり,問答する2人にとって,共通して3人称だからです。

では本題。これはどうでしょうか。

(2) 回答文の空欄を埋めよ。

Does Ken know you?
  -No. He doesn't know    well. ①
Does Ken know you and your mother?
  -No. He doesn't know    well. ②


正解は

① He doesn't know me well.
② He doesn't know us well.


です。今度は,答える人にとっては自分とか自分と母のことですから,「私を」「私たちを」良くは知らない,と答えることになります。これだって難しいはずはなく,正解する子は初めから何の苦労もなく正解しますが,正答率はグッと落ちます。代表的な誤答はこれ。

① He doesn't know you well.
② He doesn't know you well.


こういう問いを形式的に(字面だけ見て)解こうとする子は,you について訊かれているからと,オウム返しに you とするようです。違うよと言われてちゃんと考えれば正解に至るに違いありませんが,多くの子は思考停止して,you じゃなければ your か?などと支離滅裂になっていきます。一度日本語にして考えてごらんと仕向けるのですが,疑問文のほうを日本語にしてみるだけで,回答文を日本語で作ることができず,立ち往生します。

このタイプの子は,上の(1)も形式的に解いている可能性があります。形式的に解けば正解できてしまうので,「わかっていないことがわからない」まま通過してしまうのです。

これは「英文法がわかっていない」のではないですよね。それ以前に,2人の人間が問答する状況とか設定が把握できないのです。この場合,英文法をどんなにあくせく勉強しても解決には遠いように思いますし,教科としての「英語」(それと「国語」)だけの問題でもない気がします。いったい今,どんな世界観で生活しているのだろう?とか,将来仕事をする上で何か困ったことにならないか?と心配で。

私の感触では,この子らはたぶん読書量が足りない。文学的文章(小説や戯曲,随筆)によく触れて,脳内に「状況」を浮かび上がらせる力を養うこと。これが英語の勉強と同等以上に必要ではないかと思います。この話題についてはまた触れるつもりです。



週刊あれこれ(2019.6.3~6.9)

某日×3 高1生の1対1指導。定期試験中は帰宅が早いのを活かして,午後の早い時間に約束して試験前日の総復習をする。数学は日常的によく見ているので割愛,物理基礎・化学基礎・生物基礎と古文をやる。科目によっては一夜漬けの手伝い。

某日 早朝,犬散歩から戻ってから自宅周囲の草むしり。雪が解けたかと思うと「あれよ」という間に庭一面雑草に埋まってしまう。夏場はずっと草むしりに追われるが,これが確実に減量につながるのでむしろ有り難いと思っている。初日は道路沿いで放置すると近所迷惑な1m×10mくらいを片付ける。45分作業して下半身がまんまと筋肉痛に。

某日 公園内の熊出没情報が取り下げになったのと時を同じくして,自宅の近所に新しい熊出没情報。公園も町内も森につながっているので,同じ熊公であろうか。よくもまあ,こんな危険動物の棲む土地に自分もご近所さんたちも暮らしているものだと感心する。

6月8日(土) 先週に引き続き中学生の定期試験対策。高校生は一足先に試験が終わり,この週末は中学生だけ。中1生は試験範囲が狭い上に課題をびしばしと消化させてきたので余裕があるが,中2生と中3生はおおむね未消化の課題が山積していて,けっこうな仕事量である。午後イチから夜まで教え続けでへとへとになる。「仕事を溜めると直前になって自分もおれ(塾長)もしんどいし,しんどい思いをする割には定着しないから早め早めにやれよ」と言い続けているのだが,改善されない。

6月9日(日) サザンオールスターズのライブに妻と札幌ドームへ。今年でデビューから40周年(休養時期を入れて)ということだが,一昨年冬の桑田佳祐ソロのライブを別とするとサザンのライブに出かけるのは実に初めてである。十数年前に一度チャンスがあったが酷い風邪を引いてしまい高熱もあったため断念しており,その分も楽しみたいと期待して出かけた。席はスタンドで実物は米粒大,大スクリーンの映像が頼りではあったが,大満足で帰ってきた。
 新旧まんべんなく取り混ぜ全36曲。昔から好きでよく聴いたり歌ったりしている「赤い炎の女」「マチルダBABY」「慕情」「LOVE AFFAIR~秘密のデート」などがとても嬉しかったが,特に「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」をライブでやってくれるとは思わず,感激ものであった。それにしても,原由子氏がリードヴォーカルの「北鎌倉の思い出」以外は桑田氏が全部歌っていて,それを2晩続けるのだから,ノドのタフさたるや尋常ではないのである。



週刊あれこれ(2019.5.24~6.2)

某日 店じまいも近づいた21時半ごろ、猛烈な睡魔に見舞われる。睡眠不足なのは毎度のことだがこの日に限ってやたら眠気が重く全身が気怠い。早く学校が引けた高1生を14時から1対1で見、16時からは三々五々集まってくる中学生を見、学生スタッフのいない日だったので夕食を取るタイミングを逸したまま19時を過ぎてもずっと一人で教えていた。疲れたのは確かだが,それにしても疲れ方が甚だしいのでヘンだなあと思っていた。22時を過ぎて生徒が全員帰ってから、やれやれと遅い夕食を取るとにわかに目が冴えて元気が出た。ガス欠だったようである。

某日 ある中高一貫私立校(高校3年間のコースもあり)の塾屋向け説明会。当塾からは毎年チラホラとここの高校を受験する生徒があり,出かけないと聞けない合否情報があるので毎年出向く。ここは英語の指導に力が入っていて,新制度の大学入試への対応もバッチリだということなのだが,数学や理科がどうなっているのか心配なところである。

6月1日(土) 中学生・高校生の定期試験対策。15時~22時の間であれば入室も退室も自由(当塾ではフリータイムと呼んでいる)。夕食持参可。高校生は試験を翌週に控えているので,ときどき質問しながら黙々と課題を解く。中学生は試験までまだ余裕があり,もっぱら塾の教材の未消化分を進めて,いつものように塾長のマル付け+指導を受ける。
 中学生については,各教科たった1冊の教科書準拠ワークの試験範囲の問題が試験当日までに解き終わらないことがある。基本的にすべて自力で解いているためだ。だがそれでは「解くべき問題を解きべき時期に解かない」という誠にもったいないことになるので,試験前の週末を利用してガーッと解かせて間に合わせるわけである。実は,試験範囲の問題を隅々まで解き終えてから解き直しをしてこその試験勉強。この週末と次の週末でそれを果たせるといいのだが。今年は中1生の多くが塾長の勧め(ほとんど命令)に素直に従い,初の定期試験に向けて周到な準備をしている。

6月2日(日) 前日と同じく試験対策。10時~17時。高校生はほぼ全員昼食持参で6~7時間頑張っていく。中学生の多くは昼食後に来て4~5時間やっていくという感じ。1日・2日と続けて長時間粘った結果,かなり仕事が捗った生徒もあり。



勉強場所を決める

札幌では,高校生なら来週に前期中間試験,中学生なら再来週に1学期定期試験という人が多いことでしょう。いつ・何を・どこまで勉強するか,計画を立てて実行している人もいるでしょう。私が中高生の頃は,たいてい実行できないので計画を立てるのは諦め,各教科の実績だけ「見える化」して勉強していたように思います。

さて,計画を立てる/立てないは別として,「いつ・何を・どこまで」勉強するかに加えて「どこで(どの場所で)」という点も考えるといいのではないかと思います。大人なら「毎日出勤前にカフェで30分,資格試験の勉強をする」などと決めて実行している人は多いはず。これを真似るのです。

たとえば,地下鉄など交通機関を使って通学する高校生で,部活がなく,家業の手伝いなどもない人の場合,こんな感じでしょうか:

起床後・朝食前 <自室で> 数学の予習
登校時 <車内で> 記憶もの(英単語・歴史年号など)
始業前 <教室で> 小テストの準備
休憩時間 <教室で> 宿題
放課後 <教室で> 宿題
下校時 <車内で> 記憶もの(英単語・歴史年号など)
帰宅後・夕食前 <自室で> 英語/古典の予習
夕食後・就寝前 <居間で> 数学・英語の大学入試対策


勉強するメニューを時間・場所と結びつけて,「数学の予習はこの時間にここで」と決めておくのです。すると,ルーティーンとして進めて行かなくてはならない勉強事項一つ一つがじわじわ捗っていきます。ポイントは,

家族の誰よりも早く起きて孤独な環境(自室)で数学をやる
学校が早くから開いているのであれば早めに登校する
放課後,教室や自習室で宿題を済ませる
自室のほか居間の一角に勉強スペースを作ってもらい,自室と居間を行き来する
平日は数学・英語で手一杯だと思われるので,国語・理科・地歴公民は休日にまとめて復習する
何かの都合で溜めてしまったら休日に挽回する


といったことでしょうか。しっくり来ない部分は自分がやりやすいように適宜変えて行けばいいのです。

この件は定期試験の前に限りません。机に向かうようにはしているんだけど捗らない,あるいは捗っている実感がない……という人は,一日のサイクルとして「いつ・どこで・何を」勉強するかをアレンジして,実行してみませんか。