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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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5月のあれこれ

21日 日食。札幌は快晴。本州のように金環ではなく部分日食だったが、無事観測できた(2009年の日食のときは曇りだった)。6:30ころからうちの親子と近所の親子で集まり、手に手にグラスを持ち観測。確かに欠けているので、わかってはいるのに驚く
234.jpg
それから私は犬を連れていつもの公園に。7:50ころ食が最大。快晴なのに薄暗いのが、とても不思議な気分だ。足許を見ると木漏れ日の太陽の像が全部「三日月」型に欠けていて、そうなることを知ってはいても感動

237.jpg公園から戻って家に入ると、最大食の時刻は過ぎていたが、窓のブラインドから漏れる太陽の像がやはり1つ1つ欠けていて、これまたえらく感動。

この日朝5時からの野球では4点勝っていたのをあっさりひっくり返されてコールド負けを喫したが、感動的なものを見届けることができて満足。


伊勢神宮外宮某日 GWで愛知の実家へ帰省中、日帰りで三重県・伊勢神宮を“見学”。昨年は奈良への日帰り旅行で法隆寺と東大寺へ行ってきたのだが、それよりずっと近く、近鉄も「伊勢市」駅まで乗り換えなしで非常に簡単。一生に一度は行っておくものだと言われ、愛知県あたりでは一生に何度も行く人も珍しくないようだが、私は実に生まれて初めてだ。神様関係は実家のそばのお宮さんで十分ありがたい感じがしていたからである。
 伊勢神宮ではひとつの山体?の麓2箇所に「内宮」(ないくう)と「外宮(げくう)」があり、おもにこの2つを回るのが普通の参詣であるようだ。写真は外宮の入口。いちおう外宮も内宮も「正宮」と呼ばれるメインの建物を目指したのだが、どちらも境内がやたらと広い。そして、休日だからか物凄い人出。人混みは大の苦手なのである。それでも外宮は正宮まで楽に到達した気がするが、他の神様を拝みに行く気力はなかった。まして内宮は正宮まで延々と歩いたうえに何百人もの行列になっている。そこを拝んでこそ「参詣」なのだろうが、私としてはそこまで行っただけで上出来だという気分になり、行列に加わらずに引き返してきた。境内の写真もいくらでも撮れたのだが、ただただ「でっかいお宮さん」という印象が強く、写真を撮る必要も意欲も感じなかったのである。なんと罰当たりなことだろうか(笑)。それで最初に参詣でなく“見学”と書いたわけである。もちろん、もともと古代史に興味があるから出かけたわけであったが。
 なお、内宮と外宮に祀られているのはそれぞれ天照(アマテラス)大御神と豊受(トヨウケ)大御神。外宮の創建は雄略天皇の22年というから、5世紀と6世紀のちょうど境目あたりであろうか。当時の中心地は大和地方であるが、いったいどうして山を越えた“辺境”に大事な神様を祀ることにしたのか、不思議なことである。

某日 帰省の最後の夜、名古屋市内で高校時代の友人たちと飲み会。卒業後30年目の同窓会があった2年前を挟んで、この時期に集まってもらうのも4年目となった。たまに帰省したときに遊んでくれる仲間がいるというのはありがたいものである。そして、みなそれぞれ年齢や体重を増やしてはいるものの根本的なところでは大した変化はなく(笑)、気持ちだけは高校生に戻って愚かな話に花が咲くのも楽しい。
 ただし、30年の月日は人生経験とか知識とか教養の量や質を確実に変化させてはおり、二次会・三次会と人数が減るにつれ深い話題が出てくるのも感慨深い。私の高校は愛知の「田舎の進学校」であり、知多半島各所から狭い地域ではいちおう秀才と呼ばれた者が集まる。その多くは入学するとただの愚か者になってしまう(笑)のだが、中には地域の老舗と呼ばれるような会社や商店の後継ぎが珍しくない。つまり現在は経営者またはその予備軍。私はサラリーマン家庭の育ちだが今は経営者の端くれなので、彼らとの会話が非常に有意義なわけである。
 たとえば4年前にも始発電車を待って徹夜でカラオケに付き合ってくれたNくんは、今回も朝4時まで一緒にカラオケボックスにいたのだが、「インターネット上でいかに自分の会社を見つけてもらうか」という件についていろいろと知見を与えてくれた(それは次の話題に続く)。思えば高校時代からよくできたやつだと思っていたのだが、30年経って相当磨きがかかっている。4年前に比べて歌が格段に上手くなっていたのにも驚いた(笑)

某日 携帯電話のワクを破損。機能に問題はないので修理するまでセロテープで応急処置しておいたら、(たまに見かけるように)車の損傷をガムテープで処置しているのに似て非常にブザマであり、人目につくところではとても恥ずかしい。修理しようとしたらメーカーに出してしばらく戻らないと言われる。それは困るので、ちょうど機種変更の案内が来ていたこともあり、スマートフォンに新調した。
 さて、上の件の続き。カラオケボックスから帰る車内でNくんに「今時の若いお母さんは携帯なりスマホで検索する人がほとんどじゃないか」と言われて気になっていた私は、新しいスマホの広い画面で神谷塾のHPを見てみたわけである。すると想像していた以上によく見える。ただし携帯なりスマホなりで見やすいようにはつくっていないので、ちゃんと見たいならPCで見てね、と言ってしまっている感じ。もともと携帯で見てもらうことを想定してはいないものの、これは親切ではないなあ、と痛感した。
 今のHPの作成を専門の会社に依頼したのが2004年。なんともう、8年も経っている。更新を重ねて内容は自信があるが仕様は古い。そろそろリニューアルの潮時であろうと判断した。それでその会社の、当時から面倒を見てもらっている担当のEさんに御足労願って打合せをする。デザインはお任せで6月に作業ということになった。それは外注なので待っていればいいが、Eさんはさらに「スマホに替えたならfacebookをぜひ始めよ」という。
 物の本にも解説されているが、ネット上での探し物はgoogle等の検索エンジンよりも個人のネットワークが活用されるようになる見込みだという。つまり、facebook等のSNSで知人が勧めているところをまず見に行く。そのHPが綺麗で親切なら問い合わせてみる、という流れが想定されよう。ならばSNS上での人間関係のつながりも広げておくに越したことはないし、そこにも塾のページをつくっておけば本物のHPを見に来てもらえる可能性が高まるのである。
 もともと私個人をネット上で晒し者にする(笑)のはこのブログで既に抵抗はない。さっそくfacebookのアカウントを作成し、とりあえず神谷塾のページもつくった。編集とか画像のアップとかで勝手が違うことが多く、戸惑ったりイライラしたりしたが、どうやら一段落してあとはネタを載せるだけになった。

14日・21日・28日 地歴講座。
第5回 【日本地理】日本の位置と領域/日本の気候 【歴史Ⅱ】市民革命 【公民】基本的人権
第6回 【世界地理】東アジア(1) 【歴史Ⅱ】産業革命と欧米の近代化 【公民】家族制度
第7回 【世界地理】東アジア(2) 【歴史Ⅱ】アジアの植民地化と抵抗 【公民】国民の政治参加
 早いものでSee-beを使った地歴講座も今年で6年目になるが、これまでは教科書の配列に合わせてまっすぐやるだけであった。すなわち、地理では世界全体とか日本全体の話をしたあと、日本地理の各論→世界地理の各論という順序。歴史も古代から現代へ一本道であった。全学年を対象に毎年1年で全部やることにしている以上、他にやりようはないように思っていた。ただし、中1にとっては学校でやる地理・歴史の前半を倍の速度で終わらせて後は中2の予習になってしまっていたり、逆に中2にとっては1年の前半は完全に復習であり学校でやる地理・歴史の後半はなかなか始まらない--という不具合が気になってはいた。
 その件をGWの休暇中、伊勢神宮に向かう近鉄電車の中でなんとなく考えていたら気付いた。地理は世界地理と日本地理を、歴史も前半と後半(「市民革命」から)を交互にやれば、中1も中2も学校の進度と大きく食い違わなくなるではないか。中3にとっても、受験の準備としてはこの方式のほうが優れている気がする。
 これまでどうして気付かなかったのか、不思議なほどだ。まだ新年度のスタートを切ったばかりだし、ひとりでやっている気安さで、生徒に伝えさえすれば軌道修正は私の一存でできるのである。というわけで、5月から実行することにした。ただし、ある地域なり時代なりの話の連続性を大事に、基本的には2~3回ずつのまとまりで講義する。

12日・19日・26日 理科講座。
第4回 【中2】血液の循環 【中3】イオン化傾向と化学電池/電気分解のしくみ(2)
第5回 【中1】気体の性質と発生 【中3】酸とアルカリ
第6回 【中2】刺激と反応 【中3】中和とイオン
 中3の化学分野はこれで終了。最後の中和のところはイオンを定量的に扱うので計算とか図解が忙しい。思えば前の職場での講師時代、中3の5月いっぱいイオンの計算を教えていたような印象がある。慣れないうちは大汗をかきながらだったが、苦労のかいあって今はむしろ得意ジャンルである。神谷塾では3割削減の間もしぶとく生徒に教えてきているので、私の授業スキルは向上はしても失われることはない。学校の理科にもイオンの話が完全に復活した今年、しばらく教えていなかった教師たちは悪戦苦闘しているであろう。初めて教える若い教師はなおさらである。
 生徒が使う新しい教科書の記述は3割削減の前よりも増強されていて、その頃から教えている身であってもしっかり目を通さなくてはならない。中学生の教科書をしっかり読む気になったのは塾の教師を始めたころ以来。


飛騨白川郷

GWの休暇を利用して、合掌造りで知られる岐阜県・飛騨の白川郷(白川村荻町)を訪れました。

白川村は岐阜県の最北端で富山県・石川県に隣接しています。庄川の河岸段丘に発達した農村で、歴史は12~13世紀まで遡るようです。農業のほかには養蚕も行われ、合掌造り家屋の2階・3階がその作業に使われていました。他には塩硝(硝石。硝酸カリウムを主成分とする鉱石で火薬の製造や肉の保存に用いられる)の産地でもあったようです。現在も600人を越える人が暮らし、田畑を耕しながら合掌造り家屋の保存に力を注いでいます。

白川郷(荻町地区)の450戸ほどの家屋のうち、伝統的な合掌造りのものは114。他は近代的な切妻屋根の家屋がよく見られます。昭和の高度経済成長期には白川村にもダム建設の波が押し寄せ、合掌造り家屋の保存のため荻町への移築が進み、「白川郷合掌村」として公開を始めたということです。1995年にはユネスコから世界遺産に登録されました。

和田邸左は国指定重要文化財「和田家」。白川郷の合掌造り家屋の中で最大規模のもので、江戸初期の建築とされています。和田家は代々庄屋や番所役人を務めるとともに塩硝の取引によって栄えたとのことで、家屋の大きさもさることながら庭園や居間・仏間など豪華で、高級な漆器など生活用具にも往時の裕福さが感じられます。現在も和田家の住まいとなっていますから、「ここから先は生活空間なので入らないで」という断り書きがあちこちにありました。自宅に観光客がぞろぞろ出入りするのではご苦労が多そうであります。


合掌造内部1(以下の写真は何軒かの内部を取り混ぜてセレクトしたものです)

合掌造りの家屋は基本的に3階建て。1階には土間があり、居間があり、居間には囲炉裏があり、と(私も農村の出身なので)見慣れた農家の風景です。が、階段を昇って2階に入ると、よく知っている愛知県地方の農家の造りとはずいぶん異なりました。屋根は三角形で、2階以上はそのまま「総屋根裏」という様子です。丸木が縄で固定され、茅葺き屋根の裏側は重量感たっぷり。


合掌造内部4合掌造内部5

合掌造内部2合掌造内部3
右は蚕の繭の入った「回転まぶし」という道具。2階以上は養蚕の仕事場に使われていたのですね。

白川郷全景
最後は白川郷の全景です。60mほど小高くなっている展望台から。まだ春が浅いので緑もまばらという感じですが、夏や秋には「日本の正しい農村」的美しい風景が一望できるはずです。また、(写真で見ただけですが)冬の雪景色も素晴らしいようです。


4月のあれこれ

 春期講習とその後のドタバタをどうにか乗り切り、心新たに新年度をスタートしました。

7日(土) 理科講座の第1回。
  【中2】消化と吸収 【中3】細胞とその分裂/生殖
 中2の生物は時間配分の都合で消化系の話から。最近の記事「モノグリセリドとグリセリン」に書いたとおり、今年から「脂肪は脂肪酸とモノグリセリドに分解される」と教えなくてはならない。このほかにも、従来はOKだった「唾液はデンプンを糖に分解する」という表現は中学理科的にもまずい(デンプンも糖の一種なので)ということになっており、さりとて「麦芽糖」とか「二糖類」という語句は遣えない(神谷塾の講座では遣う)ので「唾液はデンプンをより小さな糖に分解する」などという言い方をしなくてはならない。苦しいなあ。新年度スタートの講座でいきなり難所なのである。

14日(土) 理科講座の第2回。
  【中2】肺・肝臓・腎臓 【中3】生殖と遺伝/遺伝の規則性

21日(土) 理科講座の第3回。
  【中1】物質の種類と密度 【中3】原子の構造とイオン/電気分解のしくみ(1)
 指導要領の改正により、理科の教科書は学年別になったうえどんな順序でやってもいいことになった。これまでは第1分野・第2分野のそれぞれ前から順に、という縛りがあったので、春が遅く第2分野の植物で始められなかった北海道の多くの中学では第1分野の物理(光・音・力・圧力)で始めていた。これが中1理科では最も難しいジャンルで、小学校を終えたばかりの子らには厳しかったはずなのだが、今年からそんなことをしなくて良くなった。それで、第1分野でも物理でなく化学(気体とか水溶液とか)で始める学校が多いようである。うちの生徒の通う中学も化学から。教わるほうも教えるほうもぐっと楽になって、成果が上がることだろう。

9日(月) 地歴講座の第1回。
  【歴史】文明のおこり(1)/文明のおこり(2) 【公民】人権思想の発達

16日(月) 地歴講座の第2回。
  【地理】世界の気候 【歴史】縄文・弥生時代/古墳時代

23日(月) 地歴講座の第3回。
  【地理】世界の人々の生活と環境 【歴史】飛鳥時代 【公民】日本国憲法
 教科書をよく確かめてみたら、今年から地理の内容が増えている。世界地理ではインドやロシア、ブラジル、オーストラリアが再登場し、日本地理も7地方別になっている。神谷塾の地歴講座としては、日本地理はもともとそれでやってきているので全く影響はないのだが、世界地理も網羅的に「南アジア・西アジア」「アフリカ」「CIS諸国」「南アメリカ」「オアセアニア」を増やすことになりそう(各1回)。するとスケジュールとしては年度内ギリギリというところである。このことに気付いていれば、第2回の「世界の気候」と第3回の「生活と環境」は1つにまとめてもよかったのに…とやや自己嫌悪ぎみ。


某日 映画『ゴッドファーザー PARTⅡ』を観る(「午前十時の映画祭」)。前作『ゴッドファーザー』から2年後の1974年製作。監督フランシス=フォード=コッポラ、主演アル=パチーノ、ロバート=デ=ニーロ。音楽は前作と同じニーノ=ロータの作品。
 前作で父ヴィトからファミリーを継承したマイケル(パチーノ)のその後と、若き日の先代ヴィト(前作ではマーロン=ブランド、本作ではデ=ニーロ)の少年時代からゴッドファーザーにのし上がっていく過程とが、絶妙の展開で交互に描かれる。いろんな映画に続編があるが、この続編は第一作を観ていなければまずわからない内容。今回も対立するマフィアの駆け引きだか騙し合いが錯綜するので、前作を観ていてさえ油断するとすぐにわけがわからなくなるスリリングさだ(笑)。帰ってからネット上の解説を読んでようやく納得した部分が10か所くらいあるのだが、それでも楽しめるのだから映画とは大したものである。
 父の跡を継ぎマフィアのドンとして冷酷に権力の座へ昇りつめていくマイケル。“ファミリー”は維持されるが家族の愛は失われていく。前作で既に妻(ダイアン=キートン)に愛想を尽かされかけていたが、それは本作で決定的となる。自分を裏切った兄も抹殺する。権力者とはいつも孤独なものなのだろうか。Wikipediaにあった「勝利したがすべてを失った」という表現がぴったりで、ラストでのマイケルの虚無感あふれる表情が印象的。
 若き日のヴィトを演じるデ=ニーロは前作でのマイケル役の選考でパチーノに敗れたということであったが、本作では存在感たっぷり。前作のM.ブランドを真似たしゃがれ声での演技も見事。