FC2ブログ
神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



カレンダー

02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31



FC2カウンター



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



カテゴリー



全ての記事を表示する

全ての記事を表示する



メールはお気軽に

名前:
メール:
件名:
本文:



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



2月のあれこれ

今年度の理科講座は1月で終了、地歴講座も2月ですべて終えました。例年、理科講座は2月まで、地歴講座は3月までやっているのが普通だったので、なんだかサボっているようですがそうではありません。中学生の定期テストの時期にはできないので「やれるときにやっておく」方針で生徒も私も4月からずっとがんばってきた結果、うまくスケジュールが組めたからであります。

新年度も同じようにやれるかというと、中学校のスケジュールとの兼ね合いでやってみなくてはわからないところがあるのと、地歴の地理の講座数を少し増やそうと思っている(ブラジル・オーストラリア・ロシア・インドが必要)ので、少なくとも地歴はきっと3月までやることになるでしょう。

20日(月) 地歴講座の第26回。
【歴史】第二次世界大戦/日本の民主化と戦後の世界
毎年のことながらネタが多くて大変。しかも新しいネタを入れたりもしているので忙しいことこの上ない。

27日(月) 地歴講座の第27回。
【歴史】冷たい戦争と日本の独立/現代の世界と日本
歴史なのに話が世界のあちこちに飛んで、喋っていてもスリリングである(笑)。受験直前の中3には良かったはず。

某日 現在高校1年の卒塾生とそのお母さんを招いて、高校生活全般の話を聴く談話会。対象は来年高校受験をする現中2生とそのご父母に限定。話の中心は当然ながら卒塾生の彼女が通う高校のことになったが、そこを受験することになりそうな子も、そうでない子も、普段なかなか聴けない生々しい話を聴けてよかったであろう。特に最初の進路調査が(やっぱり)高1の6月くらいにあり、具体的に志望する大学・学部を書かなくてはならないというのは新鮮だったようだ。これが刺激になって現在の勉強をペースアップしてくれるといいのだが。というか、それが私の狙いであったのだが、どうなるであろうか。

バーグマン某日 映画『カサブランカ』を観る(「午前十時の映画祭」)。1942年アメリカ。第二次世界大戦中、親ドイツのヴィシー政権の支配下にあったフランス領モロッコのカサブランカを舞台にしたラブロマンス映画。イングリッド=バーグマンの美貌にはただただ感心するばかりである。主題歌“ As Time Goes By ”(時の過ぎゆくままに)とハンフリー=ボガートのキザな台詞が有名。
 私の場合、この映画の世界に触れるのは映画そのものよりも沢田研二の「カサブランカ・ダンディ」が先であった。沢田研二には「時の過ぎゆくままに」という歌もあるし、「憎みきれないろくでなし」にもこの映画を匂わせるところがある。作詞は阿久悠。なお、「カサブランカ~」の歌詞には「聞き分けのない女の頬を一つ二つ張り倒して」とあったがそんなシーンはなし。ボギーは女には優しいのである。
 ボギーのキザな台詞の極めつけはバーグマンにささやく“ Here's looking at you, kid.”「君の瞳に乾杯」で、これが都合4回出てくる。だがこんなのを憶えても死ぬまで遣う機会はない。私のお気に入りは次のやつである(このやりとりの相手はボギーに惚れている別の女)。
  -- Where were you last night? 「昨夜どこにいたの?」
  That's so long ago, I don't remember. 「そんな昔のことは憶えてないね」
  -- Will I see you tonight? 「今夜会ってくれる?」
  I never make plans that far ahead. 「そんな先のことはわからない」
 なお、『カサブランカ』の英語についてはこちらのサイトが詳しくて勉強になります。

第三の男某日 映画『第三の男』を観る(「午前十時の映画祭」)。1949年イギリス。第二次世界大戦直後のウィーン。売れない小説家ホリー=マーチンスは、親友ハリー=ライムから仕事を依頼したいと誘われてやって来たが、ライムの家を訪ねる直前、ライムは自動車事故で死亡する。マーチンスはイギリス軍の少佐からライムが闇取引をしていた悪人だと告げられるが、信じられないマーチンスは事件の真相究明を決意。やがて事故の現場に未知の男(第三の男)が居たことを突き止める--
ツィター テーマ曲「ハリー=ライムのテーマ」はツィターというオーストリアの民俗楽器で演奏されている。奏者はアントン=カラス。ツィターは日本の箏(琴)に似た形状で、約30本の伴奏用弦と5、6本の旋律用のフレット付き弦が張られている。これを親指につけたプレクトラムと呼ばれる爪を使って弾く。テーブルの上に載せるところが楽器らしくなくて面白い。家庭の娯楽用として19世紀に最盛期を迎えたというが、演奏の難しさとコンディション維持の難しさのため現在はあまり流行らないということである。アントン・カラスによる演奏がこちらに。

某日 1月4日につくった低温やけどが一向に治らないので皮膚科へ行く。もしかして内部で筋肉が腐っていたりはしまいかと急に心配になったのだ。幸いそんなことはなかったが、患部の表面を覆っていたカサブタ様のものはカサブタではなく壊死した組織がへばりついたもので、それをそのままにしておくといつまで経っても治らないのだそうだ。道理で、と納得していたら「だから剥がしましょうね」と言われてギョっとする。そこはとりあえず痛くもなんともないのだが、それを剥がすとなると痛いのではないだろうか。そう訊くと「ちょっとはね」と言われ、それではイヤですと言うのもあまりにも恥ずかしいので、されるがままに“外科手術”を受けることになった。親指大のそれは一気には剥がせないので(それは勘弁してほしい)少しずつピンセットで剥がしてはハサミで切っていく。それがジワジワとずっと痛い。全部終わるころにはじっとり汗ばんでいたものだ。意外にも術後は心配したほどの痛みはなく、消毒のあと特別な絆創膏を貼ってもらうと数時間で傷みは引いた。
 完治するには数か月かかるそうであり、痕もしっかり残るらしい(それは仕方ない)。薬を処方してもらい、今は風呂上がりごとに消毒して薬を塗ってガーゼを交換。毎日患部を観察しているがなかなか進展が見られない。暑くなるころには完治するのであろうか。
 その先生によれば今年は湯たんぽでの低温やけどが多いそうである。

レスポール某日 月寒のM楽器店で中古のエレキギターを購入。2年前ガットギターとチェロを買ってもらいに訪ね、その売上げの一部でエレキベースを買ってきた店である。そのとき、また小遣いがたまったら今度はギターを買いに来よう、と目論んでいたのである。フェンダー・ストラトキャスターとかギブソン・レスポールもあったが中古ながらそれなりの値段がして全然手が出ない。予算の範囲内で物色すると日本製のレスポール型に手頃なのがあった。サウンド的には一般的にストラトがイイらしいのだが以前からレスポールの形状とか色調に心惹かれるものがあったので、それにした。いわゆる新古品で状態も良く「お勧め」ということであった。浜松の老舗「東海楽器」のラブロックというシリーズ。写真のはちょっと型番が違うが外見はほぼこんな感じ。
 エレキを手に入れたら練習しようと考えていたフレーズがいろいろある。さっそく夜な夜な触っているが、アコースティック=ギターを弾くときには考えもしなかったチョーキングという技がなかなか難物である。ただし、チョーキングくらいやらなくてはエレキを始めた甲斐がないし、他にもエレキ特有の技が多々あるので、練習時間の半分は教則本をやることにした。とりあえず弦を1本ずつ爪弾くにもピッキングをするという習慣がなかったのでそれにも難儀をしている。全く新しい楽器を始めたような感覚。


小学英語暗中模索に思う

「外国語活動」暗中模索--という記事が3月1日付け北海道新聞にありました。そうだろう、と思いました。記事の趣旨を損なわないように注意して、少し引用します。

【ここから】
 小学5、6年生に必修化され1年たった「外国語活動」の授業で、教師によって内容に大きな違いが生まれている。授業目的が「外国語に慣れ親しむ」と曖昧に定められているため、表現方法を学ぶ工夫された内容から、ゲームで遊ぶだけで終わってしまうところも。授業の効果を疑問視する声も保護者や専門家から上がっている。
(中略)
 指導に悩む教師の多くがぶつかるのは「ゲームの壁」だ。子供の抵抗感を無くそうと授業で多用されるゲームは、「楽しかった」で終わりがち。石狩管内の小学校の女性教師は「ゲームに必要な言葉を話すだけで会話にならない」と明かす。後志管内の男性教師も「ついていけない子供が出てくると、次の単元に進めずにゲームに逃げてしまう」。
(中略)
 外国語活動の必修化に備え道教委は08~10年度、授業の進め方などについて各小学校につき教師1人を「中核教師」と位置づけ、研修を受けて校内で伝えるよう指導。必修化後は、希望する教師に年2日間程度の研修を行っている。道教委義務教育課は「始まったばかりだから、ある程度の授業内容の差は仕方ない」と説明する。
(中略)
 慶応大言語文化研究所(東京)の大津由紀雄教授(認知科学)は「母国語以外の言語を学ぶのは、入門段階が最も難しい。中途半端な教育は、小学校で英語嫌いを生むだけでなく、文法を本格的に習う中学進学後にも新たな英語嫌いを生んでしまう可能性がある」と指摘する。
【ここまで】


その通り。そういうことはもっと早いうちから、もっと大きな声で言ってほしかった(言っていたのかな?)。今となっては何となく手遅れという気もします。うまく行っていないからといって、文科省が一度始めた「外国語活動」をまた取りやめるということは当分(永遠に?)ないでしょうしね。

私が1年前、ちょっとした衝撃を受けたできごとをご紹介しましょう。それは現在中1の次男の、小学校の卒業式でのことです。

その小学校では、卒業生が卒業証書を受け取るとき、ひとりひとり将来や中学生活への抱負を語ることになっています。それは事前に録音されていて、当人が名前を呼ばれて壇上に立つ際に流されるのです。「将来はプロのサッカー選手になりたい」「中学校では部活と勉強を両立させたい」といった、まあおおむね想像通りの、ほほえましい抱負が話されます。「算数が苦手なので中学では数学をしっかり頑張りたい」なんていうのもあって、そう聞くと「いま算数が苦手なら、中学に入ってからじゃなくて今すぐ頑張らなきゃ」などと茶々を入れそうになったりもしました。

そんな中で、少なからぬ人数がこう言ったのです--「英語が苦手なので中学では英語をしっかり頑張りたい」と。ちょっと待ってくれ。

週に1コマもやってないはずの、テストも何もされていない英語で、いったい何が「苦手」になったというのか。得意とか苦手とかいう以前のレベルではないのか。それとも、年間に 35 時間だかやったはずだが何が何だかさっぱりわからずに終わってしまったのか。あるいは、ちょっと喋ってみるという機会に、会話教室にでも通っている同級生との決定的な?差を見せつけられてショックを受けたのか。いったい何があったのかわかりませんが、いずれにしても彼や彼女らは「自分は英語ができない」と思っています。日本人の大人にはそういう人が多いでしょうが、彼や彼女らがそう思うのは早すぎやしませんか。

昔なら「中学に行けば英語が始まる」とけっこう楽しみにしていた子が多かった気がしますし、私もそうでした。気合いが入っていましたし、最初はもちろん易しかったのですが、わからなくならないようにと一生懸命やりました。教科書の最初の一文が This is Japan. だったのを今も記憶しています。今はそのワクワク感がきっとないのです。

また、小学英語が始まってから中学生の英語の力が伸びたかというと、(まだ1年ですから何とも言えなませんが)答はとりあえずノーです。むしろ、英語に対して積極的な子が減った気がする。神谷塾に来ている数名を見ただけで全体がわかるはずもないのですが、英文を書くときのきまり(最初は大文字で書き、途中では大文字にしない)とか代名詞の格変化とかがなかなか習得できない。憶えようという気配すら希薄なように感じます。

英語に親しむためであったはずの小学英語は、逆に子供を英語から遠ざけているのではないか。そんなふうに思えてなりません。乱暴な言い方をすれば、こんなものはないほうがマシだった。英語なんぞをやる時間があるなら国語や算数をやるべきだし、中学で英語が始まるというワクワク感も維持される。そう思います。

私は、このやり方では無理だと思っていました。神谷塾のHPに 2009 年当時書いたことをここに引用ておきます。

 それから英語です。2011 年度からの新指導要領完全実施時には年間 35 時間やることになりました。年間に、です。年間 35 時間というのは週に1コマ。これで果たして外国語の指導が可能なのでしょうか。--私は、無理だと思います。うまくいく見込みがない。その理由を述べます。
 いま公立中学校の1年生は英語の授業を週に3~4コマ受けています。英語専科の教師やネイティブのALTが教えて、小テストや単語コンテストや定期試験や実力試験をしながら、生徒の多くは塾にも通い、同じことをこれでもかと繰り返し勉強して--それでやっと、一部の優秀な生徒が中1レベルの英語を身につけているという状態です。学校の英語の授業を普通に受けているだけでは、力がつかないのです。
 では、中1よりも幼い(記憶力はいい?…)小5や小6の生徒が、英語専科ではなく研修をちらっと受けた程度の教師に、週に1コマ程度教わったとして、果たして何が身につくのでしょうか。
 コミュニケーションに重点、ということらしいのですが、何も身についていなければコミュニケーションはできないでしょう。英語の文法や語彙の知識がなくともできるコミュニケーションならば、英語の学習そのものが不要でしょうし、それはもしかしたらものすごく高度な能力であるような気がします。


塾屋としては塾の中で生徒を励ますしかありませんが、大学あたりに大勢いるはずの、英語教育の専門家諸氏には何かできるのではないでしょうか。といいますか、そのために仕事をしているのでしょう。奮起を期待したいところです。