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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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5月6日~5月15日

星守る犬続・星守る犬
某日 村上たかし『星守る犬』『続・星守る犬』(双葉社、2009、2011)をまとめて読む。思い切って読んでよかった。書店に行くと「泣ける本」などとポップに書いてあったりするので、それはきっと出てくる犬が不憫で可哀想で泣けるのだろう、それはちょっとたまらないな、と思って敬遠していたのである。じっさい1作目の「ハッピー」は不憫で可哀想な最期を迎えるのだが、それも主人である「おとうさん」との深い絆があってこその必然と思えば、呑み込める。
 続編に出てくるそのハッピーの弟を主人のばあさんは「チビ」と名付けており、それを聞いた人から「こんなに大きいのにどうして?」などと問われて「最初は小さかったから」と答える。それはまさに昨年6月に死んだ我が家の先代の犬のことであった。(巨大犬なのに同じ理由で名はチビであった)
 2冊読み終えて、チビをもう少し散歩させてやれば良かった。もっと遊んでやれば良かった…という思いからしばらく脱出できなかったのである。(今も脱出できていない)
 なお、タイトルは「手に入らないものを欲しがる人」のことだそうであり、それは何を指しているのかすぐにはわからない。私は今もわからないでいるのだが、6月封切りの映画を観たらわかるであろうか。

某日 理科講座の第4回。
 【中2】動物の分類 【中3】原子の構造とイオン/電気分解のしくみ(1)

某日 理科講座の第5回。
 【中1】凸レンズのはたらき 【中2】刺激と反応-感覚器官と神経系、骨格と筋肉-

某日 地歴講座の第4回。
 【地理】世界の国々 【歴史】奈良時代 【公民】基本的人権
 公民「基本的人権」は1回でやるには分量が多すぎた。来年はきっと2回でやる。

某日 朝野球も4シーズン目となった。この日は試合に先立って、集まれる人だけでゆっくり練習。しっかりキャッチボールをし、トス打撃をし、ノックを受ける。普段の試合の何回分かの運動量であった。その筋肉痛が2日遅れてやってきて(笑)、しかも5月の下旬に入っても完全には取れない(爆笑)。冬の間に走ってみたりしてはいたのだが、「気の向いたときにやる」とか「疲れたらやめる」といったヌルイやり方ではきっとダメだったのだろう。ともあれシーズンは始まってしまった。今年も怪我をしないように頑張るのみである。
 ところで、昨シーズンうちのチームの監督だったH井さんが転勤(栄転)で札幌を離れてしまい、その後をなんと私がやることになってしまった。「俺なんかチーム一野球を知らないんですから無理ですって」というようなことを言って初めは固辞したのだが、全部の試合に来てメンバー表を書けばよく、サインを出したり微妙なプレーの判定で審判と議論したりというような難しいことはしなくていい(笑)ということだったので、やらせてもらうことにした。

某日 じっさい試合が始まって見ると、人のやりくりにはなかなか骨が折れる。少なくとも試合を成立させる(9人いる)というだけのことが、決して当たり前ではない。平日の朝が多いので仕事で来れない人とか途中で抜ける人とか、身体のどこかを故障して出れない人とか、9人ギリギリということはまだないが10人しかいないという日はある。そんな日は試合開始前に「今日は代わりの人がいないから怪我しないでくださ~い」と言って回ったりするわけである。


4月30日~5月5日


4月30日 GWの帰省。昨年までは次男が小学生だったので連休の狭間の登校日は休ませて一緒に帰省していたが、奴も今年から中学生となりそういうこともしていられない。そんなわけで久しぶりに単独での旅行となった。旅費を安く上げるためにスカイマーク社の飛行機を取ったら新千歳発が9:20(もう1便は21:15発)だったので、家を7:00過ぎには出なくてはならなかった。連休を休むために前日までに突貫工事のような作業をしていたので、起きるのがなかなかツラかった。
 中部空港に11:10着。レンタカーを借りて実家へ。しばらくくつろいだ後、母と買い物に出る。
 今回の帰省の目的のひとつは、「キリンラーメン」(上の写真)の購入だった。かつて愛知県の、私の田舎を含む一部地方で流通していた6食入りのインスタントラーメン。小学校に上がる前あたりによく食べていたのを最近になって思い出すことが多くなり、調べてみたら一時製造が中止されていたが最近になって復活。当時はそんなことを気にしていなかったが、100%国内産(たぶん愛知産)の小麦・大豆・米でつくられた優れ物のラーメンである。予め製造元の「小笠原製粉」(碧南市)に問い合わせると私の町(東浦町)でも売られているとのことだったので、教えられた店へ出向いた。果たしてそこにあった。昔はもっと地味なパッケージだったように思うが、まさしく懐かしのキリンラーメンであった。3パック(18食)買って1500円弱。1パックは実家で食べて、2パックは札幌へ持ち帰ることにする。

5月1日 高校時代の同級生ら数人と名古屋市内某所で会って飲んで騒ぐ。いつも幹事をしてくれるG藤君の都合に任せたら連休のど真ん中の日曜となった。偶然にもちょうど私の49歳の誕生日であった。みな仕事は暦通りで、翌2日はちゃんと働くという。俺だけ連休で悪いなあ、と恐縮する。なぜか高校時代の恋愛の話になり、年甲斐もなく恥ずかしい話を披露しているうちに、珍しくどえりゃー酔った。
 たまに帰省したときに会って遊んでくれる友達がいるということは有り難いものである。

5月2日 当時14歳だったから35年前に買ってもらったギターが実家に置き去りになっていた。それを引っ張り出してきて、全体を綺麗に拭いてみる。ネックが捻れたりボディが潰れたりはしておらず、ほぼ原形を留めていた。弦を張り替えて鳴らしてやると、けっこういい音で鳴る。無事を確認したので、これも札幌へ持ち帰ることにする。ギターくらいのサイズであれば飛行機の荷物に簡単に預けられるのだ。
 この日次男が遅れて到着。新千歳21:15発のスカイマーク便で中部着が23:05。それに合わせて車で迎えに行く。

 
5月3日 次男を伴って奈良へ日帰り旅行。名古屋から近畿へは近鉄が便利なはずと、特に下調べらしいことはせず一応早起きして出かけると、近鉄の特急列車は全席指定であり、席がなければ乗れないのだった。それで7時半には駅にいたのに名古屋発は8:37となる。ここで出鼻をくじかれたものの、最初の法隆寺は午前中に制覇することができた。
 京都もそうだが、奈良というところは市街地に有名な史跡やら国宝がどっさり混ざっていて、たとえば近鉄西ノ京駅の看板には薬師寺とか唐招提寺まで徒歩数分などと書いてある。駅から見えるのは普通の住宅街なのだから驚く。きっとこの界隈の人たちは薬師寺の境内を日常的に散歩したり唐招提寺の境内でヒルネをしたりするのであろう。あるいは、夏休みにラジオ体操などする「近所のお寺」が世界遺産などとして教科書に載っているわけである。すごいなあ。
 東大寺もまた近鉄奈良駅から徒歩15分くらいの距離である。この近辺はオフィス街のようであり、奈良女子大学も近所にあり、そして鹿がゆうゆうと当然のように歩いている。札幌の街にもエゾシカが出現することがあるが、その時は大騒ぎになるものだ。上の写真は「鹿注意」の看板と鹿の模様のバス。鹿が「たたく」とあるがこれはきっと東京あたりからの観光客に向けて書いているのであって、現地では絶対に「どつく」のはずである。

5月4日 この日は何もなし。いつものように御先祖や父の墓に参り、掃除をしたりして午前いっぱい過ごす。その後は母と次男と昼食に出かけ、最近は常連と化しているケーキ屋さんで午後のお茶をする。

5月5日 中部発12:10の全日空便で帰札。仕事場に3時間ほど出てリハビリ。


法隆寺・東大寺

GWに愛知の実家に帰省した折、次男を連れて日帰りで奈良まで行って来ました。

いちばん行きたかったのは法隆寺。あとは東大寺とできればもう一軒ハシゴできればと思っていましたが、法隆寺は斑鳩の里にあり奈良市内から離れていますから、行くならそれだけで2~3時間は要します。それでも法隆寺を外すことはできない。それでまずは法隆寺へ行ったあと奈良市内まで移動して、東大寺だけ見て帰って来ました。それでもスケジュールがタイトで、東大寺では人出が多かったせいもありますが落ち着いて見れなかったのがやや残念。法隆寺も東大寺も、できるならそれぞれ丸一日そこにいてもいいくらいです。

お寺そのものもさることながら、安置されている仏像など拝めたのが非常にありがたかった。私が小6のときの修学旅行が奈良・京都1泊2日で、奈良では法隆寺・東大寺・興福寺・春日大社と見て回ったはずですが、当時は全くありがたみを感じなかったのでしょう。せっかく行ったはずなのに記憶がほとんどありません。奈良はやはり大人になってから行くべきでしょうね。

【法隆寺】中門
柱の数が奇数で中央にも柱があり、人を「通せんぼ」しているようだ--というので、梅原猛氏が著書『隠された十字架』で「聖徳太子の怨霊を封じ込めている」との推理を巡らせた門。現在はここを通ることはできなくなっていて、向かって左手の入口で入場料を払って入ります。

【法隆寺】金堂(手前)と五重塔(奥)
世界最古の木造建築。金堂では釈迦三尊像・薬師如来坐像・四天王立像が置かれ、五重塔では初層の東西南北にそれぞれ「文殊菩薩と維摩居士の問答」「舎利の分割」「弥勒菩薩の説法」「釈迦の入滅」を表す塑像が置かれています。

【法隆寺】夢殿
建立は奈良時代(天平文化のところで学びますね)。聖徳太子の等身像と伝わる救世観音像にお目にかかれました。明治時代にフェノロサと岡倉天心が入るまで夢殿は「開かずの間」で、救世観音像はそこに白布でグルグル巻きにして棺に納められていたというものです。

【東大寺】南大門
東大寺は門にしても仏像にしてもいちいちでかい。南大門には有名な運慶・快慶作の金剛力士像がちゃんとありますが、金網ごしなので史料の写真で見るほどには鮮明に見えず、しかもでか過ぎて全貌がつかめない。

【東大寺】金堂(大仏殿)
広々とした平原に存在感のありすぎる、世界最大級の木造建築。創建当時は左右の幅が現在のさらに1.5倍あった(再建時に財政上の問題で縮めたそうです)というから驚きます。

【東大寺】廬舎那仏(大仏)
聖武天皇の依頼に行基が応じて造立に協力したということでしたね。

なお、東大寺は奈良公園とつながっていて、公園の鹿たちが境内を闊歩しています。