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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京と大津に在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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“地球温暖化”に関する2冊

本の紹介です。



広瀬隆 『二酸化炭素温暖化説の崩壊』 (集英社新書、2010、222頁)
赤祖父俊一 『正しく知る地球温暖化』 (誠文堂新光社、2008、183頁)


地球が温暖化しているとか、いやむしろ寒冷化しているとか、断定的な物言いをする人がいるとしたら、それは誰かの説を鵜呑みにして受け売りをしているか、あるいは何か意図があってのことかも知れない。だからこのテーマに関する言説に出会うと警戒する、というか眉に唾する癖がついていました。

この夏、愛知に帰省して名古屋に出た折に、あまりに暑いので書店に入って涼んでいたとき、広瀬氏の新刊を見つけました。若い頃から親しんできた著者の本なので、つい手に取りました。少し読んでみると断定的なところはなく、むしろ古今の優れた本を紐解いてまっとうな知識を得よと勧めている。このテーマに関して信頼のおける書籍のガイドブックのような本です。

「私は読者に、近くの図書館に通いなさい、すぐれた本を読みなさい、すぐれた著者を探しなさい、と言いたいために、本書を書いている」(p.79)

その、すぐれた本の筆頭が赤祖父氏の著書というわけです。赤祖父氏は東北大学からアラスカ大学へ進んだ地球物理学者です。北極圏研究の第一人者で、オーロラの研究でも有名。北極海の氷が減少してホッキョクグマが絶滅の危機に瀕していると騒がれていますが、そのあたりのことを最もよく知っている人のひとりといえます。上記の本の発行元である誠文堂新光社は雑誌『子供の科学』などの版元でもある科学書の老舗です。私の感覚では、この著者にしてこの発行元であれば、その本は信頼して読める。少なくとも一読に値するであろうと思います。

その赤祖父氏の本はこれから読むので、内容については後日(たぶん)ということにしますが、さしあたり広瀬氏の本について。

①まず、地球が温暖化しているか寒冷化しているかは、わからない。

②温暖化説の根拠となっているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のデータはイカサマも同然である。

③仮に温暖化しているとしても、その主たる原因は二酸化炭素ではない。気温の上昇は二酸化炭素が急増するずっと以前から始まっており、途中には寒冷化する時期もあった。

④地球の気象に最も大きな影響を与えるのは水蒸気であり、水蒸気を除けば二酸化炭素の影響は最大かも知れないが、それで二酸化炭素にだけ注目するのはおかしい。

⑤だから二酸化炭素に無実の罪を着せるのをやめて、環境破壊の真の原因を追究しなくてはならない。それは都市のヒートアイランド化や原子力発電所からの膨大な排熱である。

--まとめるとこんなところですが、私の知恵の至らなさで言葉足らずであるか、きちんと要約できていないと思いますので、ぜひ本書をご一読ください(私は遅読のほうですが2日で読みました)。広瀬氏の表現を借りれば、私は広瀬氏の本を読んでください、と言いたいために、この記事を書いています


8月1日~8月15日

夏期講習が終わると同時に帰省して、高校の同窓会に出てきました。その前がとてもとても忙しかった。

某日 大学の交響楽団のOB大会。ベートーベンの交響曲第6番「田園」をメインに、ドボルザークの序曲「謝肉祭」、プロコフィエフの組曲「ロメオとジュリエット」からの抜粋。この会には毎年のように出ていて、たいていプログラム中1曲くらいは弾いたことのある曲が入っているのだが、今年は全部が未経験で譜読みが大変で、結局間に合わなかった。それでもベートーベンの交響曲はやはり素晴らしく、弾いていて曲そのものに尊敬の念が湧いてくるから凄い。いつも人数の足りないコントラバスは今年は充実の6人。大学院生の若いOBの諸君とも知り合いになれて楽しかった。

某日 朝野球の第17試合。この日の相手には昨年2勝1敗と勝ち越したが今年は2敗したまま。できれば1つ勝っておきたいところ--と皆が皆、そう思って始めたはず。すると、先制点は取られたもののすぐに追いつき、その後シーソーゲームとなって結局7-6で勝利。珍しく審判からも「いい試合だった」と評された。私はといえば四球とセンター前ヒットで2度出塁して2度とも生還し、接戦で得点にからむという幸運。まだ試合は残っているが、気が済んだ(笑)

某日 中学部夏期講習の授業を終了。中3の授業を完全に計画通りに終えた。使い慣れた教材で、数年間の所要時間のデータに基づく計画とはいえ、しばしば予定外の脱線に自分の首を絞める身としては大したものである。だからといってそれが授業の成果に結びつくかというとそれはまた別の問題ではあるのだが、こちらが余裕をもって教えていられるのは必ずプラスに作用しているはず。

某日 北海道学力コンクール。小学生に始まり、中1、中2と終えた翌日に中3で終了。毎度のことながら、人数は大したことはなくても全学年の全教科を採点するのはなかなか骨が折れるのである。全部採点し終わるころには脳髄の奥のほうが痺れたような気分になり、ムツカシイことはもはや何もできなくなる(笑)

某日 中3に道コンの答案を返し、出来の悪いところを指摘して説明。これにて今回の夏期講習も終了。片づけも早々に帰宅して、簡単な昼食のあと、JRで新千歳空港へ。台風4号が日本海をゆっくり東進していて、場合によっては飛行機が遅れるか飛ばない可能性もあるかと危ぶんでいた。息子2人がくっついて来ているので、飛行機を変えたり途中から陸路にしたりするとなると非常に厄介だったはずだが、不通になったのはJR函館本線で、飛行機は無事。定刻どおりに、余裕しゃくしゃくのフライト。幸運を天に感謝する。

某日 札幌に居着いてから、夏は暑さを敬遠して帰省したことがなかった。今回帰る気になったのも同窓会があったから。したがって、札幌で生まれた息子2人は本州の夏を初めて経験する。滞在中は35℃にまではならなかったようだが、それでも、何もしていなくても汗がブワーッと噴き出してくる暑さは新鮮だったようだ。私の少年時代はこんなに暑くなかったはずである。夜は冷房しなくては寝付かれないし、朝はアブラゼミとかクマゼミの鳴き声に叩き起こされる感じ。そんな朝のわずかに涼しい空気がとおーい昔の夏休みの記憶を呼び覚ましてくれた。
 この日は同窓会前日の<0次会>。翌日の準備が一段落ついた?数名が集まってくれて、軽く飲みに行く。

某日 愛知県立半田高校32回生卒業30周年記念同窓会の当日。地元の仲間が忙しく準備しているのに、ぽっと帰って宴会に出るだけ、というのが申し訳なくかつ残念だったので、予め連絡して裏方に加えてもらう。映像機材のセットとかバンドの楽器運搬、そして受付。裏方には昨年とか今年の5月に会った仲間が多く、すぐに意気投合して楽しく準備する。このまま同窓会が始まらなければいいのに(始まったら、終わってしまうから…)などと言っているうちに受付が始まり、午後4時、式典が始まる。
 卒業10年目の同窓会で会って(そのとき私は東京でサラリーマンをしていた)20年ぶりとか、30年ぶりとか、名札に載っている昔の顔写真と実物を見比べて「おお」とか「わー」とか叫びながら旧交を温める。私の場合はまず体格が「でっかくなった」というので驚かれ(高校時代と身長で2cm、体重で20kg違う)、次に札幌で塾をやっているということでまた驚かれる。高1のときの同級生のO田くんが地元で個人塾をやっていると聞いて話が弾む。
 1次会は同窓生180名が参加、そのうち130名が2次会へ繰り出し、そこでも盛り上がり続ける。あとはぐっと人数を減らして3次会、さらに5人となって4次会へと進み、午前2時にお開きとなった。遊んでくれた皆さん、どうもありがとう。

 この同窓会を1年前から楽しみにしていて、当日が近づくにつれ、「これが終わったら真っ白な灰になって、仕事に戻れなくなるのではないか」と危惧していたのだが、どうやらそんなことはないようである。楽しみたいだけ楽しんで、気が済んだのだ。翌日は息子2人を連れて暑いなか名古屋城を見物に行き、実家の掃除もし、翌々日には札幌へ戻ってすぐに仕事場に出たのである。

同窓生の皆さんへ:話してみたら、予想外に多くの人がこのブログやHPを見てくれているとわかりました。駄文を書き散らかしているだけのことも多いですが、たま~に実のあることも(たぶん)書きますので、これからもどうぞお付き合いください。

7月16日~7月31日

今年も夏期講習が始まり、スケジュールの半分を済ませた。教師を始めたころは授業の予習に疲れ果てて、教えながら寝てしまいそうになったりもしたものだったが、今は教えるネタを短時間にチェックするだけで本番に突入して全く問題ない。おかげで疲労が残らず、毎日授業しても疲れを感じない。成長したものである。

加えて中3の授業では、他教科のシワ寄せで数学が後ろへズレ気味になるのを改善するため、各日・各教科の所要時間を5分単位で見積もって毎日の労力が均等になるように綿密に計画を立てたら見事に思惑どおり。「こんなの、どうせ計画どおりに行かないんだぜ~」とつぶやきながら作業したのだが、それが実行できるとわかって我ながら驚き。

某日 暑い日。北大の生協に用があってクラーク会館へ出かける。正門の脇に北大ブランド品のショップができていたのに少し驚く。昔から生協の店舗でTシャツなど売られていたが、それが独立した建物で北大の名入りのノートから携帯ストラップから酒まで並んでいるのを見ると、時代の違いを感じさせられる。どこの国立大でもこんな感じなのだろうか。冷たいものでも飲もうかと足を踏み入れると、北大全学の入学案内に加えて各学部のパンフがずらっと並んでいる。タダで配布されていたので全部もらってきた。

某日 理科講座の第10回。
 中1「植物(2)」 / 中3「力学的エネルギー」

某日 数学者で評論家でエッセイストの森毅氏が逝去。82歳。数学で苦労していた大学受験のころから、森氏の著書にはずいぶんと励まされてきた。通っていた名古屋の予備校で森氏の講演会があった日に地下鉄の駅で偶然一緒になり(一目で森先生だ!とわかったものだ)、差し出がましいのを承知で会場まで道案内したことがある。そのとき何を喋ったかもよーく憶えているが、今となっては恥ずかし過ぎてここには書けない。ご自身で「フニャフニャした」と言っておられる有りようがとても素敵に思えて、しきりに見習おうとしたものである(笑)。森氏の著書に出会わなければ、私は今のように心穏やかに数学と付き合えてはいなかっただろう。ありがとうございました(合掌)

某日 「清水ミチコのお楽しみ会」を聴きに札幌市民ホールへ。以前からCDやネットの映像で楽しませてもらっていたが、ライブに出かけるのは初。私が聴いたのは夜の部で、このチケットが即日完売だったために昼の部も設けられたそうである。その昼の部をこなした後だというのに、夜の部も絶好調。その強靱なノドには脱帽せざるを得ない。浅田美代子「赤い風船」の本物そっくりの調子っぱずれぶりに爆笑し、松田聖子「白いパラソル」では聖子ちゃーん!と思わず叫びそうになる。忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」では天国の清志郎氏が乗り移ったかのよう。そして、ピアノ弾き語りでの中島みゆき「時代」ではあまりのありがたさに涙が出たものである。また行きたい。