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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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右ねじの法則

中学・高校の物理の学習内容に
「右ねじの進む向きに直線状の電流が流れると,右ねじを回す向きに同心円状の磁場(磁界)※1 ができる」
という現象があります。フランスの物理学者アンペールが発見したもので,これを発展させるとコイル(ソレノイド)がつくる磁場の話になるという,基礎的でしかも重要なことがらです。右ねじというのはねじ山にねじ回しをあてて時計回り(右回り)に回すと締まるねじのことで,この世に存在するねじはたいていはこの右ねじです。※2

右ねじの法則
(東京書籍『新しい科学2年』 p.166 から拝借しました)

さて,この法則で重要なのはもちろんねじの話ではなく,向きのことです。中学生・高校生の人は「どうして必ずこの向きなのだろう?」と考え込んだ経験はないでしょうか。

そうやって考え込むのは悪いことではないし,いろいろな現象について誰かがそうやって考え込んで理由を解明してきたから科学は進歩してきた,ということもあるでしょう。現実的な効用を言うと,そうやって考え込んだことというのは忘れにくいものです。その向きに磁場ができるのを当たり前のように思えるようになったら OK でしょう。

ただし,実はこの問題を長時間考え込んだり調べたり人に聞いたりするのは一種無駄になるので,中高生に教える場面では「自然がそうなっているから(しょうがないん)だよ」と話すことにしています。現象とか物質の成り立ちだとか,どちらの向きでも良さそうなのにどういうわけだか向きが一方に決まっていることというのが,自然界にはよくあるのですね。

脱線しますが,化学では,同じ構造だがちょうど鏡に映したように(あるいは左右の手を合わせたように)反対向きになっているものどうしを光学異性体といいます。そのうちの一方だけがある特別な性質をもつ,という場合があります。これは「自然がそうなっているからだ」としか言いようがありません。

分野は違いますが,右ねじの法則も「なぜかそうなっているのだ」--というわけです。

かく言う私もこの件について「なぜだろう」と考え込んだ経験が何度かあります。原子レベルかもっと微細なレベルで,つまり素粒子だとかスピンだとかが関係しているような気がして,その辺を少し眺めてみたりした(勉強した,というにはお粗末なレベルなので…)こともありますが,答は見つかりません。

「自然がそうなっているからだ」という説明でいいんだな,と安心できたのは,田崎晴明『熱力学 現代的な視点から』(培風館)p.40 で次の記述に出会ったからです。

【本文】 この原理(神谷注: Kelvin の原理。この世界に第二種の永久機関が存在し得ないことをいっている)に「証明」がないことを不服に思う必要はない。物理学の基本的要請は、様々な経験事実から普遍的な側面を抽出して設定すべきものだ。

【脚注】 たとえば、重力の逆二乗速も、天体の運動や直接の実験などの経験を理想化して得られる。この法則の「証明」はない。

つまり,物理学ですべての物理現象の説明がつくわけではないということです。物理学はそれが仕事ではないのかと反論されたい向きもあるでしょうが,そんなことを言ったら「宇宙はなぜあるのか」などという疑問にも取り組まざるを得なくなりますね。(質量が存在する理由は解明への手がかりが見つかったようですが,オドロキです)

ところで最近,この件について何か新しい知見が得られているかも…と万が一のことを考えてネットで調べてみました。そうしたらやはりこの件を質問している人がいます。<少し心配になって>質問と回答を読んでみたわけですが,まあ,やはり「自然がそうなっているから」としかいいようがないのです。

私が心配したことというのは,質問があまりに現象の根本をついているために,質問を読んだ人にその内容が正しく伝わっていないのではないかということでした。つまり,「なぜ右ねじを回す向きにだけ磁場ができるのか?」という疑問を「なぜ右ねじの法則というか」という疑問だと甚だしく勘違いして,まさに「右ねじは比喩なんですよ。そんなこともわからないのですか」とお説教をぶつみたいな口調で回答している人もありました。質問者にはお気の毒としか言いようがありませんね。

※1 磁場も磁界も同じ。物理学では「磁場」と呼ぶのが普通ですが,工学分野とか中学理科では「磁界」のほうが定着しているようです。

※2 反時計回り(左回り)に回すと締まるねじを左ねじといいます。有名なのは扇風機のプロペラを固定するねじ。この場合モーターの回転方向が右回りなので,右ねじでは回転の力で緩んでしまう危険性があります。それで左ねじが使われます。



静電気で蛍光管を光らせてみた(続)

前回の記事の続きです。

プラスチックの下敷きを化繊の布でこすると、布から下敷きへ電子が移動して布はプラスに、下敷きはマイナスに帯電します。この下敷きに蛍光管を触れさせると,下敷きに溜まっている余分な電子が流れ込んで光る、とよく説明されています。これに関して,

○プラスに帯電している布のほうに触れさせたときはどうなのか?
○そもそも,近づけるだけで(触れさせなくとも)光るのではないか?


ということを問題にしていました。

先日の実験は生徒が帰ったあとの教室で,電灯は消してはいたものの窓から街の明かりが入って完全な暗闇の中ではありませんでした。そこで昨夜は道具一式を自宅に持ち帰り,真っ暗な自室でこっそり(笑)やってみました。自宅は札幌でも辺鄙な(クマが出たりもする)場所にあるので,神谷塾よりも良好な暗闇が実現できる(笑)のです。札幌は初夏を迎えていますが,前夜はよく乾燥していて静電気の実験には好条件だったと思います。(本州などでは,特に夏場は,湿気のために静電気の実験には向かないようです。北海道在住で良かった)

さて,二度目の実験で気づいたことを書きますと--

○マイナスに帯電した下敷きに蛍光管を近づけると,光るとともに,パチパチと放電の音がする。
○蛍光管を下敷きに接触させたまま面上をスライドさせたり,一度離して別の部分に近づけたりすると,また光る。
○プラスに帯電した布のほうでも蛍光管が光るが,下敷きのときほど鮮やかではない。


いつも頼りにしている「新理科教育ML」で今回の件を相談してみたところ,下敷きや布に蛍光管を「近づける」だけで(接触させないで)光るのは放電が起こるためだと考えてどうやらよさそうです。もう少しちゃんとまとめますと,

1)静電気は電圧が高いので接触する前に放電で電荷の移動が起こる。その距離は電圧によって決まる。

2)このとき流れる電流で蛍光管は発光する。

3)帯電体の電荷が正でも負でも,電荷の移動が逆になるだけで放電は起こる。
 ただし,正か負かによって放電に必要な電圧に差があるかも知れない。


当初は「高圧送電線の近くで蛍光灯が光る」のをつい連想して電場がどうのと思ってみたりもしましたが,意外にシンプルな現象であるようです。(高圧送電線のほうはこちらのサイトに紹介されています。難しい議論がありそうで,当面は私の能力を超えています)

中学生の教科書には「接触(触れ)させると一瞬光る」とよく書いてあるのですが,電圧にもよるということでしょうか。しかし,蛍光管などが光ったと確認するにはそれなりの電圧が必要で,だとすればやはり接触する前に放電が起こるように思います。この実験に関するかぎり,教科書の記述は正確ではないような。

簡単な実験のように思いこみ,文字を追っただけでわかったようなつもりでいましたが,理科の教師の端くれとしては正しい姿勢ではありませんでした。なんでも実際にやってみると,ぐっと理解が深まるものです。この件でまた新しい知見が得られたら,続きを書くつもりです。

なお,実験の模様を動画に撮れないかと考えたのですが,「蛍光管が下敷きに触れているかいないか」を見てもらうためには照明が必要です。ところが,照明があるところでは,4Wの蛍光管は光っているのかいないのか全然わかりません。そんなわけで,大変残念ですが現在の私の手持ちの道具で撮影は無理です。悪しからず。


静電気で蛍光管を光らせてみた

中2理科で「静電気で蛍光管を光らせる」という実験があります。昔からよくやられているのは「プラスチックの下敷きを化繊の布でこすり、下敷きの方に蛍光管を触れさせる」というもの。たとえば下敷きがポリ塩化ビニル(PVC)、布がポリエステルだとすると、布から下敷きへ電子が移動して布はプラスに、下敷きはマイナスに帯電します。この下敷きに蛍光管を触れさせると、下敷きに溜まっている余分な電子が流れ込んで光る、と説明されています。

では、プラスに帯電している化繊の布のほうに蛍光管を触れさせたらどうなるのでしょうか?

書籍やネット上の文献や映像を探してみましたが見つかりません。私的な場で「プラスに帯電しているということは電子が足りないのだから、蛍光管に流れ込む電子がない。したがって光らない」という説明を聞いたことがありますが、呑み込めずにいました。だって、高圧送電線の近くでは蛍光灯が勝手に光るというではありませんか。電場があればいいのでは?

また、最近では「アルミ缶にラップフィルムを巻き付けてから引き剥がし、そのアルミ管に蛍光管を触れさせる」という方法も行われています。この場合、アルミ缶はプラスに帯電するのです。

そんなわけで、蛍光管を触れさせる相手は帯電していればいいのであって、マイナスでもプラスでもいいのじゃなかろうかと考えました。それならば、下敷きをこすった化繊の布のほうでも光るはずです。

蛍光管の中には水銀原子が封入されていて、これに電子が衝突して励起される(エネルギーを得る)と紫外線を放出する。この紫外線はガラス管内に塗布されている蛍光物質に照射され、可視光線が発生する。これが蛍光灯の光です。励起の原因は普通は放電(電流が流れる)だが、電場の中に置くだけでもよいのでしょうか。

…というわけで、これまでやってみなかった自分を恥じ入るばかりですが、やってみたのです。光りました。

まず4Wの蛍光管を買ってきました。暗い場所でないと光っているのかどうかわからないので、夜、生徒が全員帰るのを待ち、照明を全部落としてからやることにしました。さて、PVCと思われる下敷きをポリエステル100%のTシャツでごしごし擦り、まず下敷きのほうに4Wの蛍光管を触れさせよう…としたら、すぐ光りました。それどころか、触れさせたときには放電は終わっているのか、もう光りませんでした。

そして、Tシャツのほうでもやはり光りました。下敷きのほうが盛大に光るように思いますが、Tシャツでも確かに光ることは光る。(ひとりでやっているので写真とか動画とか撮れないのが残念です)

わかったこと。
1)プラスに帯電したものでも光る。
2)帯電体に触れさせなくとも、近づければ光る。


マイナスでもプラスでもそこに電荷があればいいのだ、と結論づけたいところですが、心当たりの文献が手許に届くのを待ち、いつも頼りにしている「新理科教育ML」で相談してみたりして、話を詰めたいと思います。

以上、実験の速報でした。後日改めてまとめたいと思います。


湯川&朝永展

午前の用事があっけなく片づいたので、

「湯川秀樹&朝永振一郎 生誕百年記念展」(詳細はこちら

を見に、北大総合博物館へ行ってきました。たまに北大へ出かけることがあっても、今日のようなすばらしい晴天の日は珍しい。構内を散策するには絶好の日よりでした。

湯川・朝永は同じ1907年の生まれ。旧制三高~京大理学部も同期なら、京大の無給副手になったのも同年。その後はそれぞれ別に職を得ますが、他の物理仲間と一緒にずっと量子力学の勉強会を続けていきます。ノーベル賞受賞はぐっと隔たって、湯川が1949年、朝永が1965年。受賞理由も、湯川が中間子の存在の<予言>、朝永が量子電気力学の<構築>と、対照的です。

(両博士を呼び捨てにするのは不遜な気がしないでもないですが、亡くなった偉人はおおむね神格化して呼び捨てOKになりますよね。シャカとかイエスとか、厩戸とか)

エネルギッシュで天才肌の湯川に対して、朝永は緻密で根気強い努力家という印象です。もともと人並み外れた頭脳の持ち主であるのに、苦労続きの青年時代。たいへんだっただろうと思います。仕事は保証されていたし、物理学者は徴兵も免れたのでしょう。でも、成果が上がるまでは、また上がり始めてもなお、量子力学を考え続けなくてはならない。

何を隠そう、私もこのジャンルに挑戦しようと本気で考えた時期があります。最初は大学受験のとき、次は大学の教養部から理学部に移行するときですが、今になって「物理学などに飛び込まなくて、本当に良かった」とつくづく思います(笑)。

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