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神谷塾的勉強と受験と子どもの教育
札幌で学習塾を営む神谷が、日々生徒と接しながら考えたことをつづります。  おすすめの勉強法や高校・大学受験、教育全般に関する話題を書いていきます。  ★コメントには必ずお返事します★

プロフィール

神谷英樹

Author:神谷英樹
1962年、愛知県知多郡に生まれる。
1981年、愛知県立半田高校を卒業。
1983年、予定外の2年の浪人生活を終えて北海道大学に入学。
1988年、北海道大学理学部地球物理学科を卒業、地質コンサルタント会社に入社。浦和市(当時)にあった研究所に勤務。
1995年、どうしても北海道に戻りたくなってその会社を退職。札幌市内の学習塾で講師の職を得る。
2001年、独立開業。屋号を神谷塾とする。
家族は妻と大型犬1頭。息子2人は東京在住。趣味は物理と化学と野球とギターとベース。



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洋楽のすすめ(27) JUDY GARLAND : OVER THE RAINBOW

(2019年2月18日発行の『神谷塾だより』に掲載したものに加筆しました)



演奏の模様はたとえばこちらに。

ジュディ=ガーランド(1922-69)はアメリカ合衆国の女優・歌手。ミュージカル映画『オズの魔法使』(1939)で大人気を博し、以後も『スタア誕生』(1954)などで抜群の歌唱力を披露して、1940~50年代のハリウッドを代表する大スターの一人となった。娘のライザ=ミネリも女優。

邦題「虹の彼方に」は『オズの魔法使』の劇中歌で、E. Y. ハーバグ作詞、H. アーレン作曲。2001年に全米レコード協会が発表した「20世紀の歌」365曲で堂々の1位を獲得したそうである。(ちなみに2位は本欄で前回取り上げたビング=クロスビーの「ホワイトクリスマス」)

発表当時のアメリカは世界恐慌(1929)以来の不況が続いており、ヨーロッパでは第二次世界大戦が勃発している。生活苦や戦争への不安を抱えたアメリカの人々に広く支持されたようである。

Somewhere over the rainbow way up high 
There's a land that I heard of once in a lullaby

   どこか 虹の彼方のうんと高い所に むかし子守歌で聴いた国がある

Somewhere over the rainbow skies are blue
And the dreams that you dare to dream really do come true 

   どこか 虹の彼方では 空は青く 信じた夢はきっとかなう

Someday I'll wish upon a star 
And wake up where the clouds are far behind me 
Where troubles melt like lemon drops 
Away above the chimney tops
That's where you'll find me 

   いつの日か私は星に願い 雲をはるか下に臨む場所で目覚める
   そこでは悩み事はレモンドロップスのように溶けてなくなる
   煙突の頂上のずっと上で あなたは私を見つけるでしょう

Somewhere over the rainbow bluebirds fly
Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?

   どこか 虹の彼方では 青い鳥が飛ぶ
   鳥たちは虹を越えていくのに どうして私にはできないの

If happy little bluebirds fly beyond the rainbow
Why, oh why can't I?

   もし 幸せな青い鳥たちが虹を越えて行くなら
   なぜ ああ,なぜ私にはできないの

wayはawayの頭音が消失したもの。「ずっと,はるかに」
dare to~で「あえて~する」「思い切って~する」」
wish uponで「…に願いをかける」
④⑤⑥ whereはいずれも先行詞を含む関係副詞。④⑤では副詞節を導き 「~する場所で」。⑥では名詞節を導き「~する場所」。

名曲はカヴァーが多い。単純にover the rainbowで検索するとトップにヒットするのがコニー=タルボット(2000-)の6歳のときのもの。なんだ子供じゃないかと期待もせず聴いてみたら物凄くうまいのでかなり驚いた。一聴の価値あり。



演奏の模様はたとえばこちらに。

なお、神谷のお勧めは手嶌葵によるカヴァーです。
演奏の模様はたとえばこちらに。



洋楽のすすめ(26) BING CROSBY : WHITE CHRISTMAS

(2018年12月17日発行の『神谷塾だより』に掲載したものに加筆しました)



ビング=クロスビー(1903-77)はアメリカの歌手・俳優。多くのクリスマスソングを歌ってヒットさせており、「クリスマスソングの王様」と呼ばれていたそうだ。

「ホワイト=クリスマス」を作詞作曲したアーヴィング=バーリン(1888-1989)はベラルーシ生まれ。5歳のときニューヨークに移住、苦労して歌手となり、やがてミュージカルの作曲を手がけるようになった。「ホワイト=クリスマス」が書かれた時期と場所は不明のようだが、場所はどうやら温暖な、つまり雪の降らないところであったらしい(注①を参照のこと)。

クロスビーが録音したのは第二次世界大戦中の1942年。特に海外へ派遣されている兵士の郷愁を誘い、愛されたということである。

I'm dreaming of a white Christmas
Just like the ones I used to know 
Where the treetops glisten and children listen 
To hear sleigh bells in the snow

   真っ白なクリスマスを夢見ている
   昔から知っていたようなクリスマスを
   そこでは 梢はきらめき 子供たちは耳を澄ませる
   雪の中に橇の鈴の音を聞くために

I'm dreaming of a white Christmas
With every Christmas card I write 
May your days be merry and bright 
And may all your Christmases be white 

   雪のクリスマスを夢見ている
   クリスマスカード1枚1枚にこう書きながら--
   あなたたちの毎日が楽しく 輝かしくありますように
   そして あなたたちのクリスマスがみな 雪景色の中にありますように

used to~は過去の状態。「以前は~であった(が,現在は~でない)」と、現在との対比を含む。現在いる場所ではクリスマスに雪が降らないようだ。
whereは関係副詞の連続用法であろう。先行詞にあたるのは(書かれていないが)「真っ白なクリスマスを迎えている場所」。
with以下は前のフレーズを修飾する(付帯状況という)。
May+主語+述語動詞!で「(主語)が~しますように」。祈願文という。
 例:May you live long! 「あなたが長生きしますように」



洋楽のすすめ(25) QUEEN : WE WILL ROCK YOU

(2018年11月13日発行の『神谷塾だより』に掲載したものに加筆しました)

queen

演奏の模様はたとえばこちらに。

Queen を取り上げるのは2度目です。今回は第14回の We Are the Champions と同じアルバム News of the World (1977年)に収録の、やはり彼らの代表作。作詞作曲はギターのブライアン=メイで、「聴衆が曲に参加できるように」と考えて書かれたものだそうである。

rock は動詞で「…を揺り動かす」、you は一般の人を指し、rock you で「世間をあっと言わせる」というような意味になる。

Buddy, you're a boy, make a big noise 
Playing in the street, gonna be a big man some day 
You got mud on your face, you big disgrace 
Kicking your can all over the place, singing 
We will, we will rock you
We will, we will rock you

   騒々しい少年よ
   今は街で遊んでいるが いつの日か大物になるんだろ
   顔に泥がついているぞ 情けない
   あちこちでしたい放題をしながら 歌ってる
   お前たちをあっと言わせてやるぞ 揺さぶってやるぞ と

Buddy, you're a young man, hard man
Shouting in the street, gonna take on the world some day
You got blood on your face, you big disgrace
Waving your banner all over the place, singing
We will, we will rock you
We will, we will rock you

   気難しい青年よ
   今は街で声を張り上げているが いつの日か世界を背負って立つんだろ
   顔が血だらけじゃないか 不名誉なことだ
   あちこちで自分の旗を振って 歌ってる
   お前たちをあっと言わせてやるぞ 揺さぶってやるぞ と

Buddy, you're an old man, poor man
Pleading with your eyes, gonna make you some peace some day
You got mud on your face, you big disgrace
Somebody better put you back into your place
We will, we will rock you
We will, we will rock you

   哀れな老人よ
   その目が懇願している いつか安らぎを手に入れたいと
   顔が泥まみれだな 恥を知れ (年齢相応の知恵を働かせれば)
   もっと有能な誰かがあんたを本来の場所に戻すだろう (歌ってみろ)
   お前たちをあっと言わせてやるぞ 揺さぶってやるぞ と

(大野れい氏の対訳を参考にしました)

buddy は「相棒」。転じて「おい」「君」「お前」といった呼びかけの語。
gonna は going to 。 You are gonnna be~=you are going to be~.
disgrace は「不名誉」「恥」。 You are a disgrace. で「おまえは恥さらしだ」。
kick your can は直訳なら「自分の缶を蹴る」だが「(人の迷惑を顧みず)したい放題する」という意味になるらしい。

主語や述語動詞の省略と現在分詞(~ing)の多用が目立つ。ノリを重視ということなのか、文法や標準的な語法から逸脱していて意味をつかみにくい箇所も多い。また singing "we will rock you" は歌詞だけ見ると「お前らはそう歌ってるだけで結局何も成し遂げられはしない」と青少年を皮肉っているように読めるが、聴衆と一体化するという歌の目的を考えれば、逆に<未来へ向けた積極的な意志の表明を促すもの>と捉えるべきであろう。



洋楽のすすめ(24) THE BEATLES:SOMETHING

(2018年10月15日発行の『神谷塾だより』に掲載したものに加筆しました)

abbeyroad

本欄でのビートルズ5曲目はジョージ=ハリスン(1943~2001)の作品。ジョージは4人の中では最年少で、主にギターとコーラスを担当。作品数でもリードヴォーカルでも圧倒的な存在感のあるJ.レノンとP.マッカートニーの陰に隠れ、「静かなるビートル」などと呼ばれていたが、ビートルズ中期から徐々に頭角を現した。

Something はビートルズ最後のアルバム『アビー=ロード』収録の彼の代表作。ビートルズでは「イエスタデイ」の次にカヴァーが多く、フランク=シナトラは「20世紀最高のラヴソングだ」と絶賛したという。

韻を踏むために置かれた言葉が多いので緻密に意味を取るのは難しい。メロディに乗せた言葉の響きを味わってほしい。

Something in the way she moves
attracts me like no other lover
Something in the way she woos me
I don't want to leave her now
You know I believe and how
   あの娘の仕草のひとつひとつが 僕を惹きつける 他の誰よりも強く
   僕を愛撫するあの娘の仕草がたまらない
   あの娘の傍を離れたくない この気持ちだけは確かなんだ

Something in her smile she knows
that I don't need no other lover 
Something in her style that shows me
I don't want to leave her now
You know I believe and how
   あの娘の微笑みは知っているかのよう
   僕には彼女以外誰もいらないってことを
   あの娘の様子からそう感じ取れる
   あの娘の傍を離れたくない この気持ちだけは確かなんだ

You're asking me will my love grow 
I don't know, I don't know
You stick around now, it may show 
I don't know, I don't know
   僕の愛が育つかと君は訊く わからない 僕にはわからない
   一緒にいれば いつかはわかるかも知れない
   でも 今はわからない 僕にもわからない

Something in the way she knows
And all I have to do is think of her 
Something in the things she shows me
I don't want to leave her now
You know I believe and how
   あの娘の素振りはすべてを知っているかのよう
   僕はただ あの娘を思っていればいい
   何を見ても 僕はあの娘を思い出してしまう
   あの娘の傍を離れたくない この気持ちだけは確かなんだ

(山本安見氏の対訳をほぼそのままいただきました)

that の後は文法的には I don't need any other lovers となる。
will 以下は my love will grow (間接疑問)となるべきところ。
stick around は何かを待って「その場を離れずにいる」。
is の後は to thimk of her (不定詞の名詞用法)となるべきところ。



大停電が明けて

(2018年9月18日発行の『神谷塾だより』に掲載したものです)

倉本聰氏「文明の利器が登場する以前、我々は別に暮しの上で不便を感じることはなかった」
寺田寅彦「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する」

(いずれも『北海道新聞』9月14日付「卓上四季」より)

昔は台風が来たときなどよく停電したものだった。だが頻発する分、復旧も早かったように思う。今回のような大規模な停電は半世紀を超えるわが人生でも初めてである。当初「復旧に1週間かかる」と聞いて暗澹たる気分になったものだが、幸いにして40時間弱で電気は戻った。食料の心配はなく、水道・ガスも普通に使え、車のガソリンも満タンにしたばかりで、情報はラジオで得ることができたし(ラジオって凄いよな)、6日夜にはどこかの田舎に来たような見事な星空というおまけ付き。スマホのバッテリーは2日目の昼にダウンしたが、もともと携帯しているだけのようなものなのでダメージはなし。幸運中の幸運と言うべきか、ある人の言葉を借りれば「無傷」であった。そして、気候が良く冷房や暖房の不要な時期だったのも、有り難かったのだ。

電灯さえ点れば塾はできるのだが7日夕方の時点でまだ回復しておらず、2日間休業せざるを得なかった。2日間で済んで良かったと思うし、8日には皆普通に塾に来てくれて安心しましたよ。6日・7日の分をまだ振替していない人は、どうぞいつでも来てください。

震源の近くや東区・清田区などで被災された親類・知人のある人もいるだろう。ご家庭・職場によっては断水したりエレベータが停まったりと、大変な思いをされた方も少なからずおられよう。一日も早く穏やかな日常が戻りますように。

ところで--視野を全国に広げれば、西日本で豪雨や台風による甚大な被害があったのはつい最近のことだ。遡れば熊本地震、そして東日本大震災の復旧もまだ半ばである。その東日本大震災を仙台で経験した伊集院静氏が書いている--

「ニュースを見ていて驚いたのが、災害時の準備をほとんどの人がしていない点だった。非常用の電燈も、手動式充電のラジオも用意していない。医療機関も災害時の自家発電の準備をしていない。あわてて買物の列に並ぶ人の姿に、(思わざるを得ない。彼らの目には、)テレビによって得た情報、学んだはずの教訓は、やはりどこか他人事のように映るのだろうか」
(『週刊現代』9月22日・29日号「それがどうした」より。( )内は神谷が補足)

伊集院氏はわれわれを非難しているのではない。人間はそういう風にできているのだ、と諭す。

いつ来るとも知れない災害への備え。ゼロではなかったが十分でもなかった、という人が大半だろう。だが、今回のことで多くのことを学んだ。次は同時に豪雨に見舞われるかも知れない、真冬に来るかも知れない、と有り難くない事態を想定して、日常的にできる準備をしていきたい。対策は新聞で折々記事になっているし、ネット上にもいろいろな工夫が紹介されている。停電だけで済んだ「無傷」の者が語るのはおこがましいのだが、今回の「被災」を契機に災害対策のスキルを身につけていきたいものだ。

同時に、エネルギー全般の消費やそれに支えられた文明というものを見直す良い機会である。節電の励行や飲料水・乾電池などの備蓄はもちろんのこと、100V電源がなくともできることを増やす。たとえば小さな衣類の洗濯は手ですればいいに違いないし、これは君たちもすぐ実行できる。他にも若者だからこそ気づくことだってあるに違いない。それをご家庭で提案してあげてください。次に来る災害に間に合わせよう。